部署の人間は強制参加。まったく、今の時勢に何と言う横暴だ。と以前は頭を抱えていたがこれにももう慣れた。
いつも行われる恒例の歓迎会は、その月の最終金曜日に組み込まれる。
その間約一ヶ月。これを「首切り週間」と呼ぶのだ。今日までに何度もミスをし、何度も涙を流した新入社員達。入社一週間で根を上げ辞めた者も居た。

「にしても減ったよなぁ、」
「うちの部署って結構スパルタ方針だろ?それに部長があの鬼の土方さんだからなぁ、慣れるまで持たない奴が居る方が自然だ」
「そう言う左之さんだって、前はよく土方さんとぶつかってたじゃないですか」
「お、言ったな総司!お前は今でもだろうが」
「あはは、やだなぁ。僕は別に仕事が出来ないからって怒られてる訳じゃ無いですよ」

同じ机で酒を飲んでいる皆がスーツを乱し、リラックスし始めた辺りでそんな話題を持ち掛けてきた。俺達のずっと先、土方さんを含めた先輩方が新入社員の相手をしているのが見て取れる。確かに、その数は入社一日目、ボードの前に並んだ人数より明らかに頭の数が足らない。一人が辞めるとそこからは簡単だった。まるで芋づる式に辞表を提出する者達。それを立て続けに受け取る土方さんの胃の痛む音すら聞こえて来る程だった。

「はじめ君も何人か泣かせてたよね」

何故か退社後になるとネクタイをきっちりし服装を正す総司が、ビールを傾けながら俺の方を見てにやにやと吐き捨てる。それに「斎藤は今期の人気総取りだったもんな」と暢気に笑うのは、既に顔中赤くしている新八だ。

「ミスをし、例え些細な物でもそこで甘やかしてはあいつ等の為にならん。俺は当然の指摘をしたまでだが…」
「普段物静かなだけあって、女の子達驚いたって言うより凍りついてた」
「あれ位で泣くなど…それこそ俺には理解が出来ぬ」
「あ、でもさ!あいつは泣かなかったよな、」

楽しい場でそれなりに振る舞う術を知らない俺に苦笑いが集ったところで、平助が思いついた様に声を上げる。そして「あー…えっと、」とあちら側のテーブルを眺めた総司が、面白そうに目を細めてその名を零す。

「みょうじOLさんちゃん、だっけ」

釣られて俺もそちらに視線を向けると、前髪の隙間から見えたのは既に出来上がっているだろう者達の中で、赤い顔もせず先輩方の話に相槌を打っているみょうじがいた。

彼女もこの一ヶ月の間に数え切れない位のミスをした。そしてその度に上から尻拭いを命じられた俺は、いつも通りの対処の仕方をした。しかし、それは辞めていった者達と同じ程度。と言っても、俺に取っては叱った内にも入らぬ物だったのだが…、他の者達とは違い、

彼女は今この場に居る。

「…あれくらい、当然だろう」
「いやいや、オレでも未だにはじめ君に怒られるとへこむし…。強ぇよ、みょうじは」
「そうだよねぇ、女の子って大概下心あって寄って来るから、強く言うと直ぐ泣いちゃうけど、彼女は違うみたいだし」
「あん時だってよぉ!見てるこっちがハラハラしたよなぁ。なのにみょうじちゃんは泣かなかった。くぅう、根性あるじゃねぇか!可愛いしよぉ!」
「新八、お前が言うと何か犯罪臭ぇから止めとけ…」

「……………、」

そう笑う皆は「あいつは伸びるぞ」と口を揃えて評価しているが、俺は知っている。
あいつのデスクの上はまるでファンシーショップかと問いたくなる位、目が痛くなる物達で溢れ返っている。入社して間も無くであそこまでデスクを好き放題した者を俺はみょうじ意外に知らぬ。
あと、いつも何かしら菓子類を隠し持って、隙さえあればこっそり食べているのも知っている。学生気分が抜けないのだろうが、あれは叱るべきか何度も考えた。
そして今も、先輩方の話を聞いているふりをしているが、あれは別ごとを考えているだろう。目が引っ切り無しにメニュー表へと泳いでいるし、ビールを持っては置いて、持っては置いてを繰り返しているのだ。

しかし、
彼女は今日まで。確かに泣かなかった。

平助達がこう言う位、俺の叱り方は人とは多少ながら違っていると思う。そう今になって思うのは、左之や総司…平助や新八に叱られ泣いている者は実際には居ないからだ。
退社した者は全て俺が指導した者ばかりだとは気付きたくはなかったが、事実だった。

『斎藤さんっ、本日は大変申し訳ございませんでしたっ!』

全て収まった後、俺に改めて侘びを入れに訪れたのも、
みょうじ、ただ一人だった。

そして「次から気を付ければ良い」と真顔で流した俺に、今一度頭を下げ「はい、ありがとうございます!以後気をつけます」と礼を言ったのも、彼女だった。いつの間にか、俺の言う正しい日本語を身につけて。


そう思い出し顔を上げると周りは既に別の話題で盛り上がっており、俺はどこか身体がじんわりと緩んでいくのを感じていた。それに伴いまわる酒。
今日はどうしてだろうか、いつも退屈で飲んでいる酒の味すら覚えていない事が多いのに、一つ気付けただけで一気に舌が踊る様な気すらした。

普段の行いは多目に見ればの話だが、確かに彼女は他の者とは違い本来在るべき「芯」が、きちんと備わっているのかも知れないと…そう思った。






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