世間知らずの田舎娘。これ程厄介なものは無いでしょ。
だってこうして見ても、京で擦れ違う女の人とは全然違う。あっちでよく見るお化粧とか髪飾りとか無縁そう。僕だってそういう事するなら、それなりに美人がいい。
ちらりと視線で上から下まで眺めてみる。なまえちゃんはお世辞でも美人って部類じゃないと思う。顔も童顔で、小さいし。胸だってお尻だって…小さいし。

「今変な事考えてましたね…沖田さん」
「変な事ってなあに?」
「助兵衛な事です」
「助兵衛な事って?」
「あ、でもそれってわたしを女として見てくれたって事じゃないですか!?わ、わ!それならやっぱり大歓迎です!もっと見てください!さあ!」
「身体だけじゃなくて、頭ももっと成長したら見てあげる。じゃあそろそろ僕行くから」

よっこらしょ、と何故か疲弊している腰を持ち上げて草を払うと、着物の裾がつんと僅かに引かれる感覚。
なまえちゃんの少し焼けた指先が僕の着物を抓んで居たんだ。この反応は初めての事。

「もう…帰っちゃうんですか…?」
「うん、どうしたの…?」
「いえ、あの…ちょっと、寂しくて」
「ふうん、でも僕やる事あるし、きみにばかり構ってなんて居られない、」

「あれ!?総司!?」


その指を払って土手から退散しようとしたその時だった。聞き慣れた声とともに一つの足音が聞こえてきたのは。
振り返るとそこに居たのは、浅葱色の羽織りを羽織った平助君だった。まさかこんな屯所から離れた場所で僕に会うとは思わなかったのか、元より大きな目をもっと見開いて僕を指差して素っ頓狂な声を上げていた。

「ああ、平助くんお疲れ様。今帰り?」
「おう。ってかいつも非番の日居ねぇと思ってたらこんな遠くまで来てたのかよ総司」
「うん、静かでいい所でしょう」
「まあなー。って隣りの、」

「浅葱色の、羽織り…って、」

平助くんがなまえちゃんに向けて発した言葉に重なるように後ろから聞こえてきたのは、小さく唸る様に言った彼女の言葉。
そうだ。いつもはぐらかしていたって言うか、知られるのが嫌だったんだろうか。僕は。

「あの、沖田さんって…新選組の方、なんですか…?」
「そうだよ。僕は新選組一番組の組長なんだ。それなりに名は上げてきたつもりだったんだけど知らない?それと、彼は藤堂平助くん。八番組の組長だよ」
「よ、よよよよろしくな!」
「…………、」
「平助くん。紹介するね、あっちに見える家に住んでる変わり者のみょうじなまえちゃん。多分きみやはじめ君と同い年くらいじゃないかな」
「へえ…。総司が女の子となぁ。って言うか、か…可愛いじゃん…っ!」
「平助くん、趣味悪いね」
「…………、」


ああ。もう潮時かなぁ。
そうだよね、辺鄙な場所といえど、京の噂が此処まで流れてきていない訳が無いし。人斬り集団なんて言われてる僕達をなまえちゃんが知らない訳が無いんだもん。僕の袖掴んだまま黙っちゃって、よっぽど恐がってる証拠だ。

「でも何でこっちに居るの?土方さんに言われた巡察経路とは真逆の方向じゃない。外れすぎてるよ」
「あー、いや。こっちにも人は住んでんじゃん。だから念の為っつーの?其れより総司みょうじの様子変だけど、オ、オレ…恐がらせちゃった?」
「ああ、そうじゃないと思うよ。この子変わってるんだ」
「おおおお前!本人の目の前で言うなよっ!」

明らかに様子がおかしいなまえちゃんを見ておろおろと視線を漂わせる平助くんの顔は真っ赤だ。あーあ、僕達が新選組だって知った時点で、無駄な事だと思うんだけどなぁ。って言うか、僕だけしか知らないと思っていた場所を知っていた…、そして、

俯いたままのなまえちゃんを気遣う平助くんに




何だか、心が燻ぶった。







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