「斎藤さんは毎年行くんですか?」
「いや、俺は自分から花見に赴く事は滅多に無い。それにああいった場所には今の時期…沢山人が押しかける故、あまり」
「ああ、そうか、斎藤さん人ごみ嫌いですもんね、いつも会社の飲み会でも、シートに着くなりうんざりした顔してましたし」
「……そこまで見られていたのか、」

何だ罰の悪そうな顔をし(たような気がした)、声を小さくした斎藤さんは「あと少しだ、もう少しそのままで居てくれ」とわたしに告げ、笑みを溢した(のが声でわかった)あああ、もうこの()面倒くさいっ!!!早くお目目開けたい!!!!!

そして本当に五分やそこらで、突然止った斎藤さんの車。
キ、とブレーキが踏まれシートベルトを外す音が隣から聞こえてくる。「さ、斎藤さん…?もう取ってもいいですか?」と少し不安げに問い掛けるとエンジンを切る音と「まだ駄目だ、俺が取るまでそのまま、」と、思わず身悶えそうな台詞が直ぐ耳元で聞こえた。
取り合えず大人しく再びシートに身を預けたが、バタンと言う扉を閉める音と静寂。

「あれ、置き去り?これ置き去り!?ちょ、斎藤さーーーんっっ!!!!」

思わず声が出た。
だってエンジン切って静かになった車の中に、外から際立って大きな音が聞こえてこない。つまり車も通ってなければ、人も居ないと言う事だ。
律儀に斎藤さんの言う事を聞いて、目隠しをしたままドアを開けようと手元を這わした時、左…つまり窓の外から足音が聞こえた。

「ここに居る、あまり暴れると危ないぞ」
「さささ斎藤さんんっ、」

危ないって、これやったの貴方でしょぉお!!!と喉まででかかったけれど、次の瞬間ふわりと香ってきた斎藤さんの香りと、わたしを覆いかぶさるみたいに触れたスーツの生地(の様なもの)によって、抗議の言葉は再び胃の中へと逆戻りしていった。
「今シートベルトを外す故、動くな」と、さっきよりずっと至近距離で囁かれ、思わず背筋がゾクリとなったと同時、パチンと音がして窮屈だったベルトから身体が開放された。
そして、そのまま斎藤さんに手を引かれ慎重に車を折り、今よちよちと何処かへ誘導されているわけです。

目隠しをしたまま。

「あ、あの、本当に此れ大丈夫ですか?わたし達端から見たら明らかにおかしいですよ?在らぬ疑い掛けられますよ?」
「その心配は無い。周りには誰も居らぬからな」
「え、え、これ本当に置き去りとかにされませんよね?泣きますよ?」
「…あんたは俺をどういった人間だと普段から思っているのだ、」

両手を取られ歩いていたわたしだったけど、そこで斎藤さんの手がするりと離される。
周りには斎藤さんの言うとおり人の気配も、話し声もしなくて、何か解らないけれどどこか懐かしい…聞き覚えがある様な虫の鳴き声と、微かに水の音が聞こえてきた。

何だろう。肺に入ってくる空気がとても美味しい気がする。
都会では味わえないような、そんな…澄んだ空気。




「斎藤さ、」
「外すぞ、目を閉じていろ、」
「は、はい!」



もう閉じてます。とは言えず大人しく棒立ちになっていると背後に周ったらしい斎藤さんの手がわたしの頭から目隠しを取り払った。







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