恋仲と言うには程遠い扱いだが、なまえは普段文句ひとつ言ってこねぇ。だからこそ、俺がちゃんと見ててやんねぇと。
再び二人になった所できょろきょろと辺りを見回してみる。よし、誰の気配もねぇ。

「おい、」
「はい」
「お前は…寂しいか?」
「え、」

俺を見上げる様についと上げられた頬にそっと手を添えてみる。
木目細かい肌に滑らす指先は、もっともっと触れていたいと駄々を捏ねる。まるで幼子の様に。

「歳さんが…、偶に、こうして触れてくだされば、わたしは…それだけで、幸せにございます」
「…そこは、素直に肯定する所だと思うがな、」
「ふふ、それだと歳さんが困ってしまうでしょう?」
「まぁな、だが俺も男だ。甲斐性はねぇが…それでも、」


ぐ、と顔を近づけた時だった。


「副長、あっ!」


今度は俺の背後から斎藤の声がした。いつも足音と気配を消しやがって。と言うか「あっ!」ってなんだ。「あっ!」って…。

「何だよ、」
「あ、いえ、その…」
「……………………、」
「悪いが取り込み中だ、何か用があるなら…」
「も、申し訳ありませんっ!!!!みょうじもすまなかった!だからその表情で睨むのはやめてくれ…っ、」

「はあ?」

そう吐き捨て、あいつには珍しく足音を立てて去っていくのを見送る事もせずすぐさま振り向く。

すると。

まるで聞き及んだ通りの凛とした真顔が其処にあった。軽く殺意すら見え隠れしているその影った目元が間近にあった事で、俺も思わず息を飲んだくらいだ。
今の今まで見た事は無かったが、そりゃあいつ等も逃げるよなぁ。と瞬時に理解出来ちまった。


「…お前、そんな顔してあいつ等を牽制してやがったのか、」
「え、あ、いえ、何の事でしょう」
「もう遅ぇよ」
「うう、忘れてくださいっ!わたし何故か歳さんに構って頂けない時間が長ければ長い程この顔になってしまうんですっ!」
「それは、つまる所…」

両手で顔を覆ったなまえが蚊の鳴く様な声でそう溢すと同時、俺の両腕は真っ直ぐ彼女の背中へと添えられていた。
そのまま強く引き寄せると、少しの抵抗と、小さな悲鳴と、俺の名を呼ぶ可愛らしい声。

よしよし、と頭を撫で背中を擦ってやると大人しく身を預けてくる。俺も首を倒し彼女の耳に己の耳をくっ付けると、合さった胸から鼓動が感じられた。余りにも見事な固まり具合に、耐え切れず笑いを漏らすと「歳さん…」と恨めしそうな声が聞こえた。

「あいつ等が挙って言いにきたのは、此れか。くっくっく、いや、すまねぇ…」
「何がですか?」
「いや、なるほどな。お前、普段俺に構って貰えねぇからって、あいつ等に当り散らしてんだろう」
「あっ、当り散らしてなんて…っ!!!」


がばっと俺の腕の中で反論をしようと口を開いたなまえだったが、じっと見下ろしていると観念したのか「ちょ、ちょっとだけ…」とついに口を開いた。
あいつ等も苦労してんだな。あの総司があの様だから、そうとう厄介なんだろう。

「しかし、何故俺に言わねぇ。俺に当たればいいだろうが」
「あ、当たれません…っ!」
「何故だ、」

「だ、だって…」


普段、あいつ等の前では評判通り、きりっとした顔しか見せねぇんだろうな。この男所帯に置いて置くのは若干の不安があったにはあったが…、どうやらいらぬ世話だったらしい。


「歳さんの前では、いつまでも可愛らしい女子で…居たかったんです、」


真っ赤になり俯いたなまえをまた強く抱き締め、頬を寄せると擽ったそうに身を捩り華が咲いた様な笑顔で抱き返してきた。俺達を隔てる着物すら邪魔臭いが、今は明るいからこれで我慢しておいてやるよ。
そっと身体を離し、視線を合わせると、お互いに微笑みあって寄せ合う。

唇が付く寸前、俺は斎藤の足音より小さいだろう言葉を溢した。


「だったら、俺の前でだけ見せればいい。これからもだ。いいな?」
「はい…歳さん、」


重なった唇が小さく音を立てた代わりに、辺りの風がぴたりと止んだ気がした。

仕事が片付いて真っ先に浮かぶ顔はこれからも、俺の前でだけ見せると言うこの緩んだ顔でいい。それが、いい。暫くこのままで居てやろう。荷にはならない。
だが多少なりと俺が背負っているだろう荷が軽くなっているのは、細い腕ではなく意外にも逞しく構えたその腕のお陰らしい。

そう思うと、何だか自然と笑いが零れてきた。





二重の面

(しかし、あいつ等もびびっちまうんだから普段相当酷い当たり方してんのか?)
(し、してませんしてません!ちょっと無言になってしまうくらいで…あ、あと)
(…なんだよ)
(稽古で偶に、永倉さんを気絶さ、)
(もういい。これから仕事配分には気をつける…)



あとがき→


前頁 次頁

bkm

戻る

戻る