___いつ好きになったのか。どこが好きなのか。
担任や同級生が面白がって名前さんのことを根掘り葉掘り尋ねてきても、俺は絶対に答えなかった。ふとした時にその答えを考えることはあるけれど。

はじめは珍しい術式を使う三年生の先輩という程度の認識だった。出会い方こそ特殊ではあったが、当の本人は至って普通の生徒だ。
...いや、普通という枠組みは少し違うか。
穏やかな性格だが、正義感が強く、戦闘において物怖じしない。学年が違う俺から見ても優等生だと思った。しかも準一級という実力者。だからこそ地方での長期任務に派遣されていたのだろう。俺にとって乙骨先輩のように手放しに尊敬できる先輩だ。

そんな名前さんを意識するきっかけとなったのは、彼女が宿儺と接触した時だったか。呪いの王に首を掴まれても尚、凛とした声を発する彼女にさすがだと思ったが、恐怖を押し殺しているのはすぐに分かった。
俺があの場にもう少し早く来ていれば、彼女は恐怖で顔を歪めずに済んだのだろうか。その場に座り込んで震える身体は小さくて、益々放っておけなくなった。

さらに犬神を祓った後の名前さんの行動が決定打となった。彼女が犬神に手を合わせる姿を見て、この人も善人と呼ばれる部類だと思った。俺が苦手とする人。そして死なせたくない人。
しかし俺はそう自覚したクセに、完全顕現した九尾狐を鎮める為とはいえ、彼女の首に傷跡を残してしまった。本人は気にしなくていいと言うが、未だに罪悪感が残る。
だからといって、俺は罪悪感や責任感で付き合っている訳では無い。それは断言しておく。背中を押してくれた釘崎には感謝している。絶対に本人には言わないが。

お互い呪術師だから死なないという約束はできない。彼女もそれを分かっていて、長生きしようと言ったんだろう。彼女を守れるように、一人でも多くの善人を救えるように、強くなりたい。名前さんとできるだけ長い時間を過ごしたい。


___好きだなあ、と思う。上手く説明はできないけれど。だから周りの子に色々聞かれても、返答に困った。心の中に想いは沢山あるのに言葉にするのは難しい。

五条先生からは今度優秀な一年生が入学すると聞いて楽しみにしていたのに、学年が変わるとすぐに地方任務に飛ばされた。もしかしてあれも上の策略だったのかも。スケジュールは随分と詰め込まれていたし。

そんなこんなで私が恵君と会ったのは交流会後。はじめは親切な後輩という印象だった。狐姿でも優しく手当てしてくれたから。もちろん任務や訓練以外でも優しかった。宿儺に首を掴まれた時、彼が助けに来てくれなかったらどうなっていたのか。考えただけでも背筋が凍る。強がっていたけど、あの時は本当に怖かった。察しが良い彼には、私が震えているのもバレたんだろうな。あの後は玉犬のおかげで安心して眠れた。太陽が昇る頃には玉犬の術式は解けていたけど、恵君は遅くまで起きていてくれたみたい。

術式が暴走した私を鎮めてくれたのは一年生たちだった。手を煩わせて本当に申し訳なかったと思う。最後の攻撃をいれた恵君は、私の傷跡をずっと気にしてくれている。そんなに悲しそうにしなくていいのに。私は鏡を見るまで分からないし、他の人は制服の襟で見えないのに。この傷跡が見えるのは恵君くらいの距離感の人だけだよって言ったら、顔を赤くするんだろうか。

彼は私が困った時は必ず助けてくれる。頼りがいがあって、私より大人っぽくてとてもかっこいいのに、時々見せる年相応なところが可愛い。本人は怒るだろうから教えないけど。
でも、そんな彼は自分の命を軽く扱う。物事を俯瞰できるのはいい事だけど、それはやめて欲しいな。一緒に長生きしようって約束、忘れないでね。


___同じ部屋の中で、苗字は机に向かって課題を広げ、伏黒はベッドに座って本を読んでいた。

「名前さん、手止まってますよ」
「ちょっと休憩しようかな」

苗字は立ち上がると、伏黒の隣に座った。彼も集中力が切れかけていたので本を閉じた。それと同時に苗字が彼に抱きつく。前触れもないその行動に、彼は驚きつつも相手の背中に腕を回して応えた。

「...どうしたんすか」
「なんか、好きだなあって」
「突然ですね」
「今日はそういう気分」

苗字の腕の力が少しだけ強くなる。伏黒は自分も同じような気分かもしれないと思った。本を開いたまま、彼女のことをぼんやりと考えていたせいだろうか。静かな空間の中で、二人はしばらく抱き合ったままでいた。時々伏黒が髪を梳いてやると、彼女は心地良さそうに笑った。互いの体温が混じりあって溶けていく。
そこには彼らの日常とはかけ離れた穏やかな時間だけが流れていた。


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