授業も任務も無かった休日の夜、軽い訓練を終えた一年生三人が共有スペースに向かうと、ソファに真希が座っていた。彼女は伏黒に気づくと手招きをした。

「よう、恵。オマエの彼女ならここで寝てるぞ」
「そういえば今日は満月でしたね」

真希の太腿の上に顎を乗せ、気持ちよさそうに眠っている尾花色の獣。その正体を知っている彼は今夜の月の形を思い出した。その間に虎杖はソファからはみ出た九本の尻尾をつついている。隣にいた釘崎も興味本位で触ってみた。

「尻尾もふもふだな」
「ほんとだ」
「この人一応先輩だからな」

伏黒が窘めるが、触られている本人が目覚めないのでされるがままになっている。真希は頭を撫でながら言った。

「さっき帰ってきたと思ったら、疲れて寝ちまった」
「任務の様子とか聞きました?」
「弱いけど呪霊の量が多くて大変だったらしい。怪我はしてないから安心しろ」
「伏黒って過保護よね」
「うるせえな」

釘崎が茶化すと伏黒は納得いかないという顔をする。ちなみに高専内の者の間では彼が過保護なのは周知の事実である。

「私はこれから棘と明日の任務の打ち合わせがあるから、名前のことよろしく」
「了解です」
「おい。名前、起きろ。恵が来たぞ」

真希が立ち上がるために苗字の体を軽く揺すると、彼女はゆっくりと目を開けた。四本の足でソファから降りるのを見届け、真希は狗巻の元に向かった。
床に降りた苗字は大きく伸びをすると、尻尾が扇のように広がった。伏黒はその場にしゃがんで視線を合わせる。

「名前さんお疲れ様です」
「クァー」
「狐ってこんな声も出すんだ」
「ネットで調べたけど他の狐もこんなんだった」
「マジかよ」

伏黒は慣れた様子でいるが、虎杖は思っていたより高い鳴き声を聞いて驚いた。釘崎も初めて聞いたようだ。二人の反応を見た苗字は恥ずかしくなったのか、伏黒の横に隠れた。

「あ、伏黒のとこ行っちゃった」
「やっぱそこが一番か。私たちはお邪魔でしょ、そろそろ部屋に戻るわ」
「じゃあ俺も戻ろっと」
「...おう。じゃあまた明日な」
「またなー」
「アンタも早く寝なさいよー」

同級生たちがそれぞれ自室に戻っていく。姿が見えなくなると、伏黒は小さな頭を撫でながら尋ねた。

「名前さん、まだここにいますか?」

苗字は眠そうな目で首を傾ける。釘崎と一緒に女子部屋の方に戻った方が良かったかもしれない。どっちつかずの返答に対して、彼は言葉を続ける。

「俺はもう部屋に戻りますけど」

撫でる手を止めて立ち上がろうとすると苗字は黒い袖口を咥えて引っ張り、阻止した。じっと見つめてくる苗字に伏黒は軽くため息をついた。

「...俺の部屋来ます?」

彼の首元に顔が寄せられる。柔らかい毛が当たってくすぐったい。擦り寄ってくる苗字を肯定と捉え、注意をする。

「見られるとまずいんで、明日は早く起きてくださいよ」
「クアァ」

苗字がひと鳴きしたので、また頭を撫でてやる。伏黒が歩き出すと、彼女は嬉しそうに尻尾を揺らしながらついていく。伏黒としては、人の姿の時より積極的なのでは、という複雑な心境に陥っていたのだが彼女は気づいていないようだ。


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