短夜の蝶(ゾロ)
 ここは“偉大なる航路”(グランドライン)のとある島。海賊の出入りも多く、港近くの酒屋には毎晩無法者達が集まって騒いでいる。
 ゾロも酒を飲もうと彷徨いていると、小さな人だかりが目に留まった。人垣の向こうには夜風を浴びながら過ごすのにちょうど良さそうな屋外座席があり、二人組が座っていた。

「すげェな...!!何杯目だ?」
「あの姉ちゃんやるなァ」

 外野がざわつく視線の先にソファ席でジョッキを呷る女性が見える。艶のある髪と美しい横顔に目を奪われている者も多い。彼女に見覚えのあるゾロは眉間の皺を深くした。彼女は苗字・名前。麦わらの一味の戦闘員だ。名前の向かいに座る男性が大きな体を揺らして笑った。

「そろそろキツいんじゃねェか?」
「まさか。もっとちょうだい」

 名前は自信満々に追加の酒を注文した。テーブルの上には空のジョッキやグラスが大量に置かれていて片付けが追いついていない。ゾロは彼女が酒に強いことを知ってはいるものの、面識のない男と飲まれるのは気分が良くなかった。どうやって仲間を回収しようかと思っていた矢先に名前がふらりと立ち上がった。

「ちょっとお手洗い」
「外に出るのはナシだぜ!」
「そんなことしないってば」

 名前が店内へ入っていくのを確認した男は懐から薬のようなものが入った小袋を取り出した。下卑た笑みを浮かべて新しく届いた彼女の酒に手を伸ばす。

「へへっ...馬鹿な女だ」
「ボスってばそれはやり過ぎっすよー」
「あいつが気持ち良く酔えるようにしてやるだけさ」
「それにしてもあの女全然潰れる気配が無かったですね」

 ソファの周りで部下らしき者達が囃し立てる中、名前が頼んだ酒は何事もなかったかのように彼女の席の前に置かれた。事件の匂いを感じ取ったのか、野次馬をしていた人間達がさっと顔を背けた。ゾロは柵を乗り越えてボスと呼ばれた男の前に行き低い声で問いただす。

「お前、今何を入れた」

 鋭い目つきで睨んだまま腰の刀に手をかける。脅しに震え上がったボスと部下が冷や汗をかいて騒ぎ出した。

「はぁあ!?誰だお前!関係ねーだろ!」
「さっきの女はおれと同じ船の仲間だ。変な薬を飲まされるのを黙って見過ごすわけにもいかねェ」
「なっ...!?!?」

 大の男が顔を真っ青にして震え上がる。あまりの小物ぶりにゾロに嫌気がさしていたところで呑気な声が聞こえてきた。

「あれ?ゾロも来たの?」

 ゾロという名を聞いて周りが一層ざわつく。彼が後ろを振り返ると不思議そうな顔をした名前が立っていた。説明するのも面倒なので細腕を掴む。

「名前。店出るぞ」
「えー、私まだ飲み終わってないよ」

 不満そうに口を尖らせる名前を睨めば、大人しく諦めて先程まで一緒に飲んでいた連中に手を振った。

「またどこかで会ったら飲もうねー!ごちそうさまでした!」

 無邪気で可愛らしい声に誰も返事をすることができなかった。彼女の側で、かの有名な海賊狩りのゾロが睨みを利かせていたからだ。二人が店を出た後、残された人々は一斉に安堵の息を吐くのであった。

 ゾロは適当に道を歩きながら隣にいる名前に説教をしていた。

「お前な...信用できねェ奴と飲む時はジョッキの中身を空にしてから席を立てっつってんだろ。変なもん混ぜられてたぞ」
「私、置いて行ったやつは飲まないつもりだったもん」
「嘘つくな。何も考えてなかっただろ」

 名前が意地を張って抗議するが、そんなものはゾロにはお見通しであった。彼女は戦闘力があるからといって少し気を抜くところが玉に瑕だ。緑髪をガシガシと掻きながら言葉を続ける。

「ったく...お前は何でいつも妙な男とばっか飲んでんだ」
「一人で飲んでたらだいたい誘われるんだもん。奢ってくれるっていうし」
「奢ってもらってはい終わり、なわけねェだろうが。男が誘ってくる理由をもう少し考えろ」
「うーん...私が可愛いから?」

 名前が小首を傾げる。人形のように綺麗な顔立ちに似合う仕草だ。ゾロが伝えたいこととはズレているが、真っ向から否定もできないので思わず頭を抱えそうになる。口元を引き攣らせため息をつく。

「お前、ナミに似てきたな...」
「えー!嬉しい!」

 褒めたつもりは全く無いが名前は大いに喜んだ。酒のおかげで血色が良くなった頬が表情をより豊かに魅せる。どこかの軟派なコックが見たら鼻血でも出して騒ぐだろう、とゾロは無性に苛立った。彼の胸中など知らない名前は逞しい腕を引いて人懐こく笑う。

「ねえゾロ、あっちで飲み直そう」
「ああ」

 ゾロは短く肯定し名前が指した方へ視線を向けた。すっかり気分が良くなって牽制ついでに名前の腰に手を回した。

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