彼のことは、いまでも鮮明に脳裏に焼き付いている。
森の住人だからなのか緑の衣を纏い、相棒の妖精を連れていた。 一見優しい風貌なのに、敵と対峙すると雄々しく剣を振るう。
(あの強さに何度助けられたのだろう)
元々旅人だった私は、たまたまふらりとハイラル王国にやってきた。 しかし何ともタイミング悪く、ここへ来た数日後には魔王とやらに国は支配され、国から出ようにも出られなくなってしまったのだ。 まあこれも何かの縁だろうと思い、旅の中で身に付いた剣技で護衛や魔物退治などをしながら生計をたて、なんとか暮らしていた。
そんな折に彼と出会った。
最初に見た時、ひ弱そうな男だと思った。 背負う剣はかなり良いものなのに、とても剣を振るうとは思えない振る舞いだったからだろう。
彼は優しかった。
種族の違いなど関係なく、生きるものに平等な優しさと慈愛を注いでいた。それこそ自分を犠牲にすることを良しとしてまで。
ただひとつ例外だったのが、人を襲う魔物だ。 たちまち魔物が人や自分を襲えば、力強く剣で薙ぎ払う。 しかし彼はどこか辛そうに剣を握るのだ。 その理由を聞いたことはないが、おそらくは生きるものを殺すことに対する後悔や懺悔といったものがあったからであると思う。
彼は強くて優しい。
まさに勇者と呼ぶに相応しかった。
しかし彼は、魔王との戦いの後に姿を消した。
「なまえ、本当に行くのですか」 「……わかってます、貴女が彼を"帰した"ってことは」 「なら…」 「でも……諦めが悪いんですよ、私」 「………」 「彼との旅路を、もう一度辿ってみようと思ってます。各地の見回りを兼ねて」 「…そうですか」 「これが、最後。これでもし駄目だったら……この地を離れようと思います」 「なまえ…」 「貴女を責める訳じゃないですけど、私にとって彼は本当に特別な存在なんです。それこそかけがえのないくらいに」 「彼を帰したのはわたくしです」 「"仕方がないこと"なんですよ、全部。………それじゃあ」
「いってきます、ゼルダ姫」
なまえが去った扉を見つめ、ゼルダは彼女と…あわよくば彼が無事であることを祈った。
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