まっしろい紙の上に君の名を乗せてみたけど、
「わからない?」
ハンジさんの言葉にエルヴィンさんは「ああ」と頷いた。
助けてもらってから約一週間が経ち、傷もだいぶ癒えてきて動けるようになった。
あれから私の身元を調べてくれているようなのだが一向に手がかりが掴めないようで。
「調査兵団ってのは絞れてるのに、わからないなんてことある?」
「5年前の出来事のせいで戸籍管理がずさんなのは確かだが・・・」
「でも名前もわかってるんだし・・・戸籍が見つからないっておかしくない?」
どうやら難航、というレベルではないらしい。
戸籍がないとなると身分も身元どころか、家族がいるのかどうかすらわからない。
ずっとこのままここにいるわけにもいかないし、どうしたものか。
ふと窓の外に視線を向ける。
「・・・・・あ」
そこに見知った顔を見つけて思わず声を漏らす。
「どうかした?」
「いえ、・・・・あの子・・・」
指差した先を見たハンジは納得がいったように顔を綻ばせた。
「リヴァイとエレンか」
「エレン、くん」
リヴァイさんのほうは初日に名前を知ったが、あの金色の瞳の少年は今初めて名前を聞いた。
そのことを言えば「そうだったっけ」とハンジさんは首を傾げる。
「そんなことより、まだ思い出せない?何でもいいんだけど・・・。自分のことじゃなくても、親しい人とか」
「・・・・・・」
それは思い出そうと何度も試みているがその度に失敗に終わっている。
なにかきっかけでもあれば違うのかもしれないが、そのきっかけというのも何がきっかけになりうるのか見当もつかないのだ。
困ったな、と俯いているとふと視線を感じた。
顔を上げるとエルヴィンさんがこちらをじっと見つめている。
「・・・?」
何だろうと不思議に思って尋ねようとすると、一瞬早く部屋の扉がノックされた。
部屋に入ってきたのは、さきほどここから見ていたリヴァイさんとエレンくんだった。
「ああ、ちょうど良かった。少し相談したいことがある」
「何だ」
「なまえを調査兵団に迎えようと思う」
思わず瞬きも忘れてエルヴィンさんを見つめる。
そして案の定リヴァイさんの眉間の皺が深くなった。
「どういうつもりだ・・・?こいつは今、記憶をなくして巨人どころか立体起動の使い方も忘れてるんだろ」
「そうだよ!そんなのでどうやって巨人と戦うのさ」
「それなんだが、ひとつ試してみようと思う」
試す、ってなにを?
というか本当にどういうつもりで・・・?
「どのみち今のままではここにずっと置いてはおけない。だが調査兵団員であればここにいさせることもできるし、その間に記憶を戻す手伝いもできるだろう」
「それはそうかもしれないけど・・・」
エルヴィンさんはドアの前に待機していたエレンくんに視線を向ける。
「エレン。修理に出していた彼女の立体起動装置を持ってきてくれ」
「は、はい!」
ばたばたと駆けて行ったエレンくんの足音を聞きながら気付く。
さっきも自分で思ったことだが、ずっとここにこうしていることはできないのだ。
つまりこれは最後のチャンス。
今、記憶を無くし縋るものが無い私にとって、ここは唯一確実に衣食住が確保される場所なのだ。
ここを離れなければなくなった場合、私がそれらを得られる保証はどこにもない。
これを逃せば、私は路頭に迷うことになる。
「着替えを用意してくれ」とハンジさんに頼んでいる声が、少し遠くに感じた。