霧の中では何も見えない
エレンが中央に跪き、前の高い席に3つの兵団を纏めるダリス・ザックレー総統が座った。
「さぁ・・・始めようか」
その一言で空気が鋭いものへと変わる。
「エレン・イェーガー君だね?君は公のために命を捧げると誓った兵士である・・・違わないかい?」
「はい・・・」
「異例の事態だ。通常の法が適用されない兵法会議とする。決定権はすべて私に委ねられている。君の生死も・・・今一度改めさせていただく。異論はあるかね?」
「ありません!」
エレン・イェーガーという少年は血の気が多い直情型だと聞いていたが。
思ったほど頭が回らない奴ではないらしい。
「察しがよくて助かるな。この事態は異例を極め、相反する感情論がこの壁の中にひしめいておる。ある者は君のことを破滅に導く悪魔と呼び・・・、またある者は希望へと導く救世主と呼ぶ」
街でエレンが巨人化したのを見た商会の連中がそのことをふれ回っている。
そんな話が飛び込んできたのは今日の朝方のことだ。
「今回決めるのは君の動向をどちらの兵団に委ねるかだ。その兵団次第で君の処遇も決定する」
憲兵団か・・・。
調査兵団か・・・。
「では憲兵団より案を聞かせてくれ」
ザックレー総統の言葉に一人の男が前に出る。
「憲兵団師団長ナイル・ドークより提案させていただきます。我々は、エレンの人体を徹底的に調べ上げた後、速やかに処分すべきと考えております。彼の存在を肯定することの実害の大きさを考慮した結果この結論に至りました」
王族を含め、中央で実権を握る有力者は今回の事を受けても壁外への不干渉を貫いている。
反対にエレンを英雄視している商会やローゼ内の民はそれらへの反発意識が高まり、内乱が起こる可能性がある。
いくら今回の功績があろうとそういった問題を引き起こしてしまったのも事実。
ナイルの言うことも一理あるだろうが、しかし・・・。
「そんな必要はない。ヤツは神の英知である壁を欺き侵入した害虫だ。今すぐに殺すべきだ」
横から茶々を入れたのは最近力を支持を集めてきた壁教の司祭。
こんな訳もわからん奴を審議に参加させる気が知れないな。
「ニック司祭殿、静粛に願います。次は調査兵団の案を伺おう」
「はい」
エルヴィンは先ほどから表情一つ変えず、淡々と言い放った。
「調査兵団13代団長、エルヴィン・スミスより提案させていただきます。我々調査兵団はエレンを正式な団員として迎え入れ、巨人の力を利用しウォール・マリアを奪還します」
以上ですという言葉にザックレー総統は首を傾げた。
「ん?もういいのか?」
「はい。彼の力を利用すればウォール・マリアは奪還できます。何を優先するべきかは明確だと思われます」
そこからの応答は酷いものだ。
壁を完全に固めろだの、それに対し神から授かった壁に手を加えるなどだの、話が進まない。
巨人化している間の記憶がないのか、あのとき傍らにいた少女、ミカサに襲いかかったと言う話も上がった。
あとは憲兵団と調査兵団のいつものやりとりである。
「・・・・」
ため息を噛み殺すと隣のハンジから苦笑を受けた。
いい加減飽きたな、なんて思ったのとエレンが叫んだのは同時だった。
「いいから黙って、全部オレに投資しろ!!」
一瞬の静寂の後、ナイルの「構えろ!」という指示に憲兵団が銃をエレンに向ける。
あ、これは不味いか。
なんて呑気に考えたその瞬間、大きな打撃音が部屋に響いた。