まだ先は遠い
カッっと音を立てて飛んだのはおそらくエレンの歯だ。
何故そんなことが起こったのか、理由は単純明快で。
リヴァイが思いっきりエレンを蹴り飛ばしたからだ。
それからエレンが声を上げる間もなくリヴァイは蹴り続ける。
「これは持論だが、躾に一番効くのは痛みだと思う」
ぐっとエレンの頭を踏みつけて口を開く。
「今お前に一番必要なのは言葉による「教育」ではなく「教訓」だ。しゃがんでるから丁度蹴りやすいしな」
ガツガツ蹴り続ける中恐る恐る声をかけたのは、
「・・・待て、リヴァイ」
「何だ・・・」
「・・・危険だ。恨みを買ってこいつが巨人化したらどうする」
さっき解剖とかなんとか言っていたナイルだった。
「・・・何言ってる。お前らはこいつを解剖するんだろ?」
リヴァイの言葉に憲兵は押し黙った。
「こいつは巨人化した時、力尽きまでに20体の巨人を殺したらしい。敵だとすれば知恵がある分厄介かもしれん。だとしても俺の敵じゃないが・・・お前らはどうする?こいつをいじめた奴らもよく考えた方がいい。本当にこいつを殺せるのかをな」
再びざわつき始めた室内を破ったのはエルヴィンの声。
「総統、ご提案があります」
エレンの巨人の力に不確定要素がある限り危険が伴う。
そこでエレンが調査兵団に委任された際は、
「リヴァイ兵士長とギルバート分隊長に行動を共にしてもらいます」
「!?」
急に上がった自分の名前に意識が一気に覚醒した。
つまりリヴァイと一緒にエレンの面倒を見ろと?!
「できるのか、リヴァイにギルバート?」
「殺すことに関して言えば間違いなく。問題はむしろその中間が無いことにある・・・」
「・・・問題ありません」
そう答えるしかできない状況に、どうしてこうなったと現実逃避しだしたところで両側から肩に手を置かれた。
これは絶対に「気の毒に」という同情の意味だちくしょう。
「イテテ!」
蹴られた頬に手を当て顔を歪めるエレンにエルヴィンが「すまなかった」と言葉をかける。
それはリヴァイが言うべきセリフだろうに。
「しかし君の偽りない本心を総統や有力者に伝えることができた。効果的なタイミングで用意したカードを切れたのもその痛みの甲斐あってのものだ」
よくあの行動を正当化する言葉がするすると出てくるものだ。
だからこそこの調査兵団で一番逆らいたくないし、一番信用できる人物でもある。
エルヴィンの手をエレンが握り返したところでリヴァイがどさりとエレンの横に座る。
「なぁエレン」
「は・・・はい!」
めっちゃビビらせてんじゃねえか。
憎んでるかって聞かれてはいそうですなんて答える奴はそうそういねえよ。
「にしたってやりすぎだろ」
「そうだよー。歯が折れちゃったんだよ、ほら」
「解剖されるよりはマシだと思うが」
俺やハンジの言葉にも反省のはの字も見せない。
そんなことされても逆に怖いだけだが。
「・・・え?」
ハンジの声にそっちを見ればハンジがエレンの口内を見ている。
「歯が生えてる」
「・・・は?」
思っている以上に問題は山積みのようだ。