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じゃあ、ジョーイさんを呼んでくるからね


クロがそう言って部屋を出てからしばらくは、一頻り胃の中のものを出し切って、それでもしばらくは胃を内側からひっくり返すようにえづいてばかり。

ジョーイが来てからもそれは変わらず、私が暫く二人にみっともない姿を見せてしまったことは言わずともわかるだろう。

数分後、ようやく落ち着いた私を診た彼女の「原因はわかりませんが、様子を見る限り一過性のものだと思われます。シーツの方を変えておきますので気晴らしに食堂の方でも見てきてはどうでしょう」という提案を断る理由もなく、私はできるだけ丁寧に礼を述べ立ち上がった。

水分の補給もしなければならないし、直とクロと話さなければならないことも多々存在している。食堂で白湯でも飲んで直の部屋に向かおうかとクロと話し、個室から廊下へと一歩踏み出したその時だ。


「きゃあっ!」「わっ」
「おっと」

突然の軽い衝撃の後、突き飛ばされるように跳ねた体を絶妙なタイミングで支えられ、礼を言う傍目に尻餅をつくからだと茶色の髪がぱっと広がる。

タイミングよくも、出入り口へ踏み出した瞬間に誰かとぶつかったのだ。


「いったぁ…」


へたり込んだ少女の盛大に乱れた服装を見てヒュウと口笛を吹くクロを軽くこづいてから、目線を合わせる為にしゃがみこむ。

今一度しっかりと視認してみれば、たいそう見目の整った、可愛げの…愛嬌ある顔立ちだった。
直のような薄氷を幾重にも重ねた麗しさとは違い、今にも開花の瞬間を迎える小さな花を連想させる可愛らしさと言うのか。枯茶色の髪は艶に柔らかく、触ればおそらく絹のような肌に薔薇色に淡く色づく頬と唇。深い黒の瞳は砕けたビー玉のように光を幾何学的に跳ね返し閉じ込めている。

誰からも寵愛を受けるべくに相応しいというのか。

「すまない。大丈夫か?」

とかく華やかなその<見知らぬ>少女に、感嘆の言葉を胸の内で唱えながら手を差し伸べる。
そして次の瞬間、いっそ小気味良い位の音を立てて弾かれた。

「…余計なお世話」
「………っ、」

思わず上げそうになった声ごと、息を飲み込む。

「………」

なんだ、この、鼓動の加速は。

触れるのも恐ろしくてたまらないのに、触らずにはいられない、
まるで幼いころかさぶたをじりじりと剥がしていた時のように、興奮と緊張と恐怖とがが入り混じったような、その気持ちをどろどろに煮詰めたような、この。
これは。

「…………………………そうだな、確かに、余計な…お世話だ」
「?」

怪訝な顔をしたのもほんのわずかな間のこと、彼女はさっさと一人で立ち上がるとその背後に立った人影に声をかける。


「で、これがアンってやつ?」
「………ハァ」
「ねえって、ば!」
「……個室から同じ特徴の人間が出てきたなら普通はそうだろうが。いちいち他人に尋ねるな、鬱陶しい」
「さっきから思ってたけど、アンタって一言も二言も三言も余計よねー!むかつく!」

詰まらなそうな顔で、白いシャツを羽織ったその人影は。

「…直」
「ふん」


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