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「…………もう一度聞き返すぞ」
「……」
「うん」


うん、というクロの頷きを最後に私たちの間に微かに沈黙が降りる。

その絶妙な雰囲気を飲み込むように大きく息を吸って、もう一度。


「お前たちに、何かこの先、やりたいことは、ほんっとうに何にも無いのか」
「……」
「アンちゃんの好きなようにすればいいと思う」



燦々と降り注ぐ日光が何故だか心に痛い。

そう。そうかあ。好きなようにかあ。

まあありがたい言葉であるのだけれど……そのような類の言葉が一番困ると言った台詞をこの時ほど身に染みて感じた事はない。自分では決めきれないから相談していると言うに……
あのなあ、クロ、あんな出来事を経ているからと言って私や直に別に遠慮することはないんだぞと、そう言っても相変わらずにこにこと笑みを浮かべるだけ。笑って「アンちゃんに従うよ」と、それだけ。

笑うと言うことは別に悪いということではないのだけれど。それが負の感情を伴うものでなければ、なんにも。

笑っていられるというのは、実にすばらしい事だ。

しかしこの場合のこれは、明らかに………


「……直に至っては返事すら無しか」
「……………」
「返事は」
「無い。」


そうか。無いか。分かりやすくかつ著しく主体性に欠ける返事をどうもありがとう。

ああもう、まったく、

全く参考にならーん!

思わず飛び出した私の嘆き声がポケモンを模していると思しき石像に反射。
して、周りの何人かがこちらをちらちらと見返してくる。あっあっ、も、申し訳ない……!

現在私たちがいるのはハクタイ、…シティ(こちらでは町の一単位はシティらしい。やけにハイカラだと初めて知った時には思ったものだ)の街に置かれている石像付近の広場。
これだけ人の多い場所なら下手に手出しもしずらいだろうとはクロの言。

直が軽く会釈をして謝罪の意思を示す私を呆れたような顔で見た。


「参考にならんも何も。」
「ん?」
「準備を整えて、この街から離れる。俺が望んでいることはそれだけだと初めから言っている」
「そうだな」


脈絡がないからとっさには会話の流れを感じづらいが、恐らくこれは希望が何もないことに対しての私の嘆きへの返答だろう。
そう、そもそもクロの一件が無ければ準備を整え、直が退院次第すぐにこの街から離れることになっていたのだったことを思い出す。そしてそれは今も変わらない。しかし、だ。


「どこかに逃げるにしろ隠れるにしろ、目的地があるのと無いのとでは意気が全く変わるだろう」


そう、目的地。
何も目的を持たずただ逃げ回る為だけに歩き回るのは、そりゃあ疲れるだろう。それはもう、大変に。
それなら何か目的を定めて行動したほうが『有意義』というものだろう。

そう言った瞬間直の眉が寄り、次いで吟味するかのように片方跳ね上がる。
何かいうつもりかと言葉を期待するも、出てきたのは微かなため息のみ。こいつのため息に関しては細かく反応していてはキリがないということでスルー。
した、そのときだ。

「ううん、取り敢えず、しばらくの寝泊りができるところがほしいってことなのかな」
「まあそうだな」
「…そういうことなら……」


記憶を探るように、言葉を選びながらクロがその口を開く。


「……いや。いいや。ごめんねそれっぽいこと言って」
「うん?なんだ、クロ」
「………」
「話してみろ」
「……噂で聞いたことがあるってだけで別に実在するって話は聞いたことはないんだけど、」
「ふむ」
「自分でもこれはないなって思うような話だから、笑い飛ばしてくれてもいいから」
「いいから」


妙に歯切れの悪いクロに続きを促して、
そして出てきた言葉はなるほどこれは歯切れも悪くなろうという言葉だった。




「…………幽霊屋敷って、聞いたことある?」




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