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よっこいしょ。

パンパン、と尻を叩いて汚れを落として勢い良く立ち上がる。
汚れと言っても大して汚れたと言う訳では無いの、であまり意味のある行為とは言えなかったのだが。


「ここ、は………」


どこだろう、と辺りを見回した。どうも私の部屋の作りとは広さも間取りも違うから、アパートの下の階という訳では無さそうだ。
そう考えて一息吐いた瞬間、ぐわっ!!と横凪ぎに加わる衝撃に再び、どしっ、と地面に尻餅をついた。


「! ……な、なん、」
「黙れ。」


がつん!そのまま押し倒され、強かに頭を地に打ち付ける。
ちかちか。蛍が目の前を飛んだ。

立て続けに足を足で挟まれ、さらに口を顎ごと乱暴に捕まれる。

何が何だか分からないが……取り敢えず、とってもヤバいと言うことはだけは理解出来た。
同時に、何とか逃れないと、という考えが頭に広がって。


「んー!ふんっ………ふぅんん…っ!」
「……煩いと言っているのが聴こえないのか貴様……。」


ぎり、口元を押さえ付ける力がよりいっそう強い物になる。


「どうやら、このままその苛つく鼻息を出す穴まで塞いでやっても俺は全く構わないのだと言うことを、解っていない様だな。」


言うならば、冷たく切れ味の鋭い氷の刃か。

滑らかな黒髪をさらさらと揺らし、見る人が居たなら思わず背筋の凍るような瞳で睨み付けられる。
自分より、少し歳上に見える程度の青年だった。白い肌に、黒曜石の目と髪がよく映えている。


「………」
「…ふん、ようやく自分の立場を理解したか。追ってきたら容赦はしないと言ったな、貴様何処から涌いて出た。」


……訳が分からない。全くもって訳が分からない。何があって私はこんな所に落ちて、どうしていきなりこんな風に襲われる。

取り敢えず敵意が無いと言う証に両手をひらひらと振って見せると、「馬鹿にしてるのか?」とぎちぎちと締め付けられた。
い…幾らなんでも、理不尽だろお前!
こっちだっていきなりの事で混乱してるのを、下手に出てれば…っていたたたたたぁ!い、いったぁ………って、


「──んっふぇんじゃないかぁ!」
「!?」


のし掛かる足から力付くで逃れ、渾身の力で目の前の男の腹をキック!!どす、と鈍い音がして男が目を見開く。
よろりと横に傾ぐ相手にさらに追撃を入れて体から突き放し、立ち上がってびしり!と思い切り指を差した。


「お前は!」
「………」
「人に話を聞いて貰うときには!相手の話をきちんと聞くことって、今までに習った事は無かったのか!!」


ぜいぜいと肩で息をして堂々と叫ぶと、腹を抑えて床に倒れ込んだ男は信じられないと言うように眉を寄せる。一息ついて立ち上がり、ついでに来ているブラウスの襟や裾をパンパンと整えると、思わず、と言った様子で言葉を洩らした。


「………擬人化させられてるとは言え、こちらはポケモンだぞ…?」

アーン?
「なに?ぽけもん?」

「…………。」


わからない事を素直に聞き直したらものっすごく渋い顔をされた。解せぬ。


「……それが何だか私は知らないけど、実は私も力には少し自信があるんだ。」どやっ!

「……もしやこいつもポケモンか?実験で記憶を消されたか…いやしかしこんな奴見た覚えが無い、何より明らかに気配が違う。………男、と言うわけでも無いようだが……」

「人の話を聞くという考えは無いのか?……ところで、私はぽけもんと言う単語は知らないのだけど、それは何かの称号か何かなのか?」


溜め息。


「………辞めた。こんな奴相手に貴重な時間を割いて思考するのはナンセンス極まりない。」
「………おっ、」

「取り敢えずお前はその馬鹿みたいに晒しっぱなしの胸をどうにかしろ筋肉女、目の前でそんな物見せられるこちらの気持ちを考えろ。不愉快だ。」

「……………お、おぉ…。これはすまない事を………。」



今まですっかり失念していたけれど、確かにそういえば私は上半身を剥き出しのままだった。
確かにずっと晒すわけにもいくまい。

何か服代わりになるものが無いかと辺りを見回した瞬間。

ばんばんばんばんばん!!!


強烈な音を立てて、唯一の出入り口である扉ががんがんと揺さぶられたのだ。

「な…なんだ……?」


緊急を擁するらしい事態に、それまでのがちゃがちゃしい空気は鳴りを潜め、代わりにより深刻性の高い空気が場を占める。

「チッ、」


事態が飲み込めず、思わずたじろいだ。
何か目の前の相手と関係あることなんだろうなと振り仰げば、お前には関係ないとばっさり返された。


そっか、そうなのか……。
って、「関係ない訳が無いだろ、」

「良いからお前は口を出すな。」
「いやだってこれ明らかに私も巻き添えを食らう予感が…」

「こんな所に逃げ込みやがって、もうお前は袋のネズミなんだぞ!」

どんどんどん!!

扉の外から響く騒音に、ぐるぐると獣が唸るような声が混ざった。
犬でも連れているのだろうか。少し気になるが、そんな些細な疑問はより自身との関係性の近い疑問に塗り潰される。


「『逃げ込みやがって』……?」

チッ、と舌打ちをして顔を嫌悪に歪める青年。
そう、まるで「嫌な事を聞かれた」とでも言うように。


「お前、何かから逃げようとしてるのか?」


私が口を聞いた瞬間。


みちみちみち、バン!!!
激しい音を立てて、ついに扉が開いた。


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