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握って、目を瞑って、再び開いて、目を開く。
それでも目に映る色は、変わらず。


「桃、色。だな……。」


何度見直しても戻らない。

確かに、着替える前にくくった時には、シャワーを浴びながら鏡を擦った時には、綺麗な赤錆の色をしていたと言うのに。


「……アン?…何をぼうっと……!」


固まったままの私を見かねたのか、壁に足をかけたままの男の声が聞こえた。ははは。

名前。覚えてたんじゃないか。
でもごめんな、今ちょっと。答える余裕とか、無いわ。


私の。
お父さん譲りの。
自慢の。

赤髪は。



「………………。」


くらりと目眩がした。
へたり、地面に座り込んでしまったけど、そんなの、もうどうでも良い。
どうして髪の色が変わったぐらいでこんなに力が抜けるのか。それすら。まともに考えられなくって。

赤毛が、ピンクって。笑えない。笑えないだろ。冗談ならキツいんだぞ。



(───杏。)



綺麗な赤毛が、心の支えが。ガラリと、その色を変えて。目の前にあって。


わたしの
かおも
しらない
おとうさん
との
ゆいいつ

つながり。
が。



(───杏。)


髪の毛の色が違っても。瞳の色が違っても。
纏う空気が異色でも。


そう、寂しくなんて無かった。皆優しくしてくれたから。

((杏ちゃん、杏ちゃん、の髪ってどうしてそんな色なの?))
((変な色ー))


嫌だなんて無かった。皆優しくしてくれたから。

((私知ってるよ、杏ちゃんってアイジンの子供なんでしょう?お母さんが言ってたもの))
『ちがうよ。お母さんはアイジンなんかじゃないよ。お母さんだよ。』
((メカケバラの子なんだろ?母さんも言ってたー、なんか、ノゾまれてなかった子ーだってー))((それおれも聞いたー))


惨めだなんて無かった。皆優しくしてくれたから。

((ほんっとうキレーな髪よね!))((こんな目立つ髪、邪魔だから切ってあげる。感謝して欲しいぐらいだわ!))
((ほら、じっとしていないと、他の部分まで切っちゃうわよ))
『やめて、やめ、て。』

『やめて!』


─────ジョギッ!!



これは、誰の記憶?



『お母さん、皆、私が寂しくないようにって、構ってくれるんだ。優しいね。』

((──××××××。))

『お母さん、皆、私が知らないこと、色々教えてくれるんだ。優しいね。』

((──××××××。))

『お母さん、皆、私が困らないようにって、こんな事までしてくれるんだ。優しいね!』



((──近寄らないで。))





「、」
「───アンッッッ!!」



はっ、!!


急に明確になった意識に、慌てて顔を起こすと、二人組の内、押さえられて無い方の男がこちらに向けて例の紅白のボールを掲げている所だった。

慌てて立ち上がる私に、こちらに向けて伸びる閃光。目を凝らすと、光に乗って黒い獣がこちらに飛びかかって来るのが見えた。

小さめながらも、黒い体はよくバネを使って、素早く飛びかかって来る。開いた口は、涎を空に撒き散らしてこちらの喉笛を明確に狙っているのが感じ取れる。

避け、られない。



……………、なら!!



「…ぐッ……!」

どすっ!

次の瞬間、手に響く肉を割く鋭い痛み。

「……………、」
「「……………」」




周りの皆が、息を飲む声が聞こえた。
どさり、と重量あるものが地面に落ちる音が耳に響く。


そう、私に襲いかかったポケモンの、倒れ落ちる音。


ずきずきと傷む手を振ると、血がほたほたと流れ飛んだ。あのとき、襲い掛かられた時。逃げられないと感じた私は、咄嗟に思いきり握り込んだ拳をその口に叩き込んだ。
血が流れるこの傷は、その際牙に触れて切れたもので。


攻撃する瞬間が一番隙だらけとは、全くその通り。

思わぬ隙を突かれたポケモンは、地面で悶絶している。尻尾がくるりと丸まって、わんこなら完全に戦意を喪失している状態で、恐らくこの場合も相違は無いのだろう。


「………んだ、この女……。ポケモンを、素手で倒す、だと…」「人間じゃねえ……」
「………、私は。」
「「ひぃっ!?」」


二人組に近付き、口を開くと、何を勘違いしたのか男どもは縮み上がって悲鳴を上げた。そして、カクッ。気を失ってしまった。
………私、そんな酷いことするように見えるのか?すこし傷付いた、ぞ。


「私は……ほんっとうに、幸せものなんだ。」
「…………」


連れ合いの方の男が怪訝に眉を寄せた。


「皆、本当に優しくしてくれた。お母さんだって、きっとアレは、自分と仲良くしているのが見られると私に対する当たりがキツくなるから、って。そういう配慮だったんだと思う。」
「…………」
「………でも、私は欲張りだからそれだけじゃ足りなくってさ。お父さんならもっと私を幸せにしてくれる。そう思って、思ってたんだ。」
「…………」
「でも当時の私は泣き虫だったからさ、周りを困らせてしまったろうな。泣き虫な私が私は嫌いだったから、一生懸命、強く、あろうとしたんだ。」
「…………」


泣き虫は、お父さんも嫌いだよね。泣き虫じゃなかったら、お父さんは私に優しくしてくれるかなぁ。

それまでは、この髪は、お父さんの代わり。お父さんと同じ、赤色の髪。



「そっか。髪、変わっちゃったんだな……。」
「……………」


しょんぼり。はは、うん。

ちょっと、だから、これは、きっつー!なんだぞ!ごめんな、しんみりさせて。


「こいつら気絶しちゃったし。さっさと先、行っか。」
「………ああ。」


珍しく反論もせず殊勝に頷いて続く男。
ん?ん?何々、いや別に反論して貰いたい訳じゃ無いけど、そういきなり素直になられても困るって言うか……。あ、煩い?黙れ、静かにしろ……。
ふむ。わかった。



とにかく、先を、急ごう。


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