4



「アンちゃん!!!!!!!」

「!」


不意に強く呼ばれた自らの名前に、弾かれるように引き戻される。
いっそ暴力的とも言える茜色に満ちた個室で、目の前、肩を掴んでいるクロのあまりにも必死な顔に、私は目を瞬く。


「アンちゃん……良かっ、」
「…どけ!」
「!」

まだ息も荒いまま、余りにも心配そうなクロを突き飛ばすように退かし、身を起こす。

せり上がるような不快感を感じたと思ったときには胃の腑から逆流した木の実の残骸が胃酸と同時に口内一杯に広がり、しばらくは堪えるものの嘔吐物の匂いと味に連鎖的にさらに押し広げるように質量は増してゆく。

「………ッ゛、ウ゛ッ、オェッ……アッ」

体を丸め口を押さえて作ったその蟻塚のように頼りない堤防は敢えなく決壊し、白いシーツの上にぼとぼとと流れ出す。


「ッ……ううッ、……ェッ…………」
「あ…アンちゃん、」
「はっ、はあ、はあ……すまな、クロ、ビニールか、なにか……」
「いいから。気にしなくていいから、待ってね、今ジョーイを呼んで、」「待って」


立ち上がりかけたクロの腕をつかんだのは余りにも咄嗟のことだった。


「汚くして、ごめんなさい」
「……………」
「ごめんなさ……ごめんなさい、ごめんなさい」


白い火花がちかちかと舞う視界、いまだ酸欠気味で深く思考など出来ない今。それでも「謝らなければ」という思いだけは私を責め立てるように次々と沸いてくるのだ。

微かに手さえ震えているような私を、一体どう見ているのか。ごちゃごちゃと織り混ざった感情がどのようかと言うのは一概には言い辛いが、とにかく様々な思いから顔を見上げることすら出来ないでいる私の手に、そっと暖かい掌が重ねられる。


「怖い夢を見たんだよ、きっと。アンちゃんは、怖い夢を見てたんだ」

「………」

「仕方がない、仕方ないよ…俺は全然怒ってないよ、大丈夫だよ。」


怖い夢をみた。
そうなのかもしれない。そうかもしれないが、それでは私はこんなになるまで一体何が怖かったのか。


わからない。

だって、何も、何も思い出せないのだ。



[] BACK []






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -