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隣に並ぶ足音を聞きながら、まさに廊下に出ようとしたその時だ。
「きゃあっ!」「わっ」
「おっと」
突然の軽い衝撃の後、突き飛ばされるように跳ねた体を絶妙なタイミングで支えられ、すまんと言う傍目にバサバサと本を雪崩れさせながら茶色の髪が地に広がるのが見えた。
タイミングよくも出入り口へ踏み出した瞬間に誰かとぶつかったのだ。
「いったぁ…」
盛大に乱れた服装を見てヒュウ、と口笛を吹く隣の足を無言で踏みつけ、しゃがみこむ。
「すまない。大丈夫か?」
「……痛いってんじゃない。話聞いてないの」
「あ、ああ。すまないな」
予想外の言葉に面食らいながらそれでも手を差し出すと、一瞬ぽかんとした顔で見つめられ、そして次の瞬間、いっそ小気味良い位の音を立てて弾かれた。
「………」
「余計なお世話よ」
「…………………………………………………………そうか。そうだな。」
彼女はその可愛いげのある顔を歪めて舌打ちひとつ、バラけた教科書をまとめるとすっくと立ち上がり私の隣をじろりとねめつけた。
「アンタ誰?制服じゃないしスーツでもないみたいだけど、学校関係者じゃないでしょ」
「ああ、彼は――」
「アンタに聞いてるんじゃ無いの。私はこっちに聞いてんだけど」
「……そうか。」
「で?アンタ誰?」
私達は相変わらずだなあと思いながら目を伏せる。久し振りだったからひょっとしたらとも思ったのだが、そう都合良くはいかなかったようだ。
普段より彼女とは割と高い頻度で鉢合わせるのだが、殆どの会話がこのように上手く噛み合わないものだった。
「……ふふっ。」
「何よ」
「いや、それこそ、君には関係無いんじゃない?って思ってさ」
「は?」
「学校に入場許可は頂いてるんだ。君の好奇心を満たすために、もしくは関係ない人間に弁明するためにこっちの事情をぺらぺらと触れ回らなきゃいけない謂れは、俺達にはない筈だけど」
「こ…こら!」
こら、そんな風に…
「……ま、そうね。一理あるわ」
そんな風に言うものじゃ…え?
「余計なお世話、ってね」
「君のはお世話っていうより下世話の方が正しいと思うけど。まあ噂話が好きな女の子らしいとは思うよ」
「ふぅん?」
失礼に見える台詞だが、彼女は意外にも気分を害してはいないらしい。さらさらとスムーズに進んでいる会話は自分との間には無いものだ。
「まあ、さっきのは杏ちゃんへの態度の意趣返しなだけで、本気で言ってるほど大人げない訳じゃないから。そうだね、俺は…なんだろう。今に限っては保護者代わりみたいなものかな」
「………」
「これ以上はナイショね。行こう杏ちゃん、余計な時間がかかっちゃった」
え?
嫌にあっさりとした幕切れに呆気に取られたまま手を引かれて、それでも最後にせめて一言でもプラスのやり取りを行いたくて口を開く。
「織部!」
「何よ」
「じゃあ」
すがるような気持ち――すがる?何に――で、せめて別れの挨拶だけでも、と咄嗟に発した一言に返ってきたのは、ただの無音だった。
無反応と言うわけではない。
無言。
そのままくるりと振り返ると、教室には入らず私達の行く方向とは逆の方向へとかつかつと去ってしまう。
「ムカつく」
私に対して向けられた訳ではない圧し殺すように聞こえたその言葉は、しかしきっと私への思いが溢れたものなのだろう。
私達は、相変わらずだった。
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