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「……………」
―――白い。
白い。
目を開いたときすぐに見えた見覚えのある蛍光灯をぼんやりと眺めて、より光の強い方へと顔を向ける。
淡い光が窓から広がっているところを見ると、現在は朝ということになるのだろうか。
「あ、起きた?」
体位を変えた絹ずれの音で気がついたのだろう、穏やかな女声が耳を撫でた。どうやら人が居るらしい。
身を起こせば、そこには上品な服装に身を包んだ黒髪の少女(年の頃は私と同じくらいか…?)が腕に華やかな花を抱えている姿が見えた。
「………ヒカリ。」
私の言葉に、彼女はそれこそ花開くように顔を綻ばせ。
「えへへ。覚ええてくれたんだね、嬉しいな」
「恩人の名前を忘れたり、するものか…」
「……恩人、かあ」
ああ。恩人、だ。
ほんの数日前、私の旅の支度や服装まで整えてくれた相手にまかり間違っても友人などとは恐れ多くて言えないだろう?
困ったように笑った彼女は手の中の花を窓際の花瓶に挿すと、ベッドの下から手近な丸椅子を引き出し腰をかけた。
それを傍目に、私は擦りガラスのように曖昧な最後の記憶を辿る。
倒れた直、その首根っこを掴み上げ高らかに笑う少年、目を伏せた少女、連れて行かないでと助けてと叫ぶ声、
そして雷鳴。
絶叫する私の声に呼応するようにめきめきと館の地面がひび割れ、そこから伸びた太い蔓が驚く少年の手から直の体を取り返してそのままクロと一緒に巻き上げる。
驚いて息も出来ない私の前で、私を守るように立ちはだかる背中と黒い髪がばさりと舞い上がって…
「……あなたが、私を助けてくれたんだろう」
「うん。……早く助けに来てあげられなくて、ごめんね」
それより先の記憶は定かではない。が。きっと見知った顔を見て安心した私はそのまま気を失ってしまったのだろう。
なんて情けない。
「もっと早く来てあげたかったんだけど……まさか、退院してすぐに街を出るとは思わなかったから」
「………そうだな」
そうだな。全くその通りだ。
「あっ……ごめんね?その判断が悪かったって言いたいんじゃないの」
「ああ」
「……追われてるって分かったのならすぐにでも行動に移すのは当たり前だし、ただこの世界の知識も満足にない人が、人気も十分にあって文明もそろっている場所から離れるにはある程度覚悟が必要なんじゃないかって思ってたから」
「わかってる」
「うう…」
心なしか肩を落とす彼女。そもそも私は気分を害した訳ではないのだからそのような余計に気を落とす必要はないのに。
責任感が強いのだろうなあ………
「……直とクロは…」
「ああ、あのヘルガーくんとクロバットくん?大丈夫だよ、ここの施設を借りてしっかりと治療してもらってる。」
「そうか……」
よかった、と取り合えず一息。
治療…ということはここはそれなりの施設なのか、と思いを巡らせてここのやけに見覚えのある間取りに合点が行く。
そうか、ここはポケモンセンターか。
「あっ、」
まてよ、ポケモンセンターということは、お金が…
「大丈夫、心配しないで。私の名義にしてあるから」
「………そうか……」
良かった。息をつく。
いや、他人の手を借りている以上そこに安心してはいけないのだろうけど、でも払うものがない以上、私にとってそのことはとても重要なことであったのだ。
……ふふ、こんな時にまで、金か。
あさましいことだ。
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