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馬鹿のように呆けてしまう私を掴んだまま、直は思い切りその腕を引いて、突き放す。


「さっさと逃げて、ここから去れと言っているのが分からないのか!」


「…あ、」

逃げろと。
私は、そう言われているのか。

「……でも、二人が……かっているのに…私だけが…げる…には……」
「くどい!!!」

直が叫んだ瞬間、「いてて…」と少年の声が聞こえて、立ち上がる人影、同時にふわり、舞う紫苑のドレスがクロに覆い被さって、

「あ、」
「―――早く!!!」

敵の陣中に一人満身創痍で倒れたものが、どんな、運命にあうかなど、そんなの、そんなの、

「そんな………こんなのお!!!!!間違ってるよお!!!くろっ、クロ!!!!クロが、クロが殺される!!!!」
「……」
「クロを、――クロを、助けて!!!!!!」


どっ!!

ひとつ、地を蹴る音。

気が付けば先ほどまで振り払われ尚も縋り付くようにしていた姿は消えうせ、一匹のしなやかな獣が身を踊りだしていて、少年と少女を蹴散らすように倒れるクロの傍らへ降り立つ。
その唸り声はまるで地獄から湧き出るように低く、怖気だった私の目の前で先ほどの朱炎とは比べ物にならない熱と凄まじさを孕んだ炎が爆発し、少年は喜色にまみれた雄たけびを一つ上げると再び直とよく似た獣の姿を形取り、相対する。
二匹の獣を前に紫苑の少女は不思議と原型に戻ることはなく、そのまま手に持つ一本の槍を構え、二匹の戦いの中に身を投じる。

二対一での戦いのなか、直の気迫は凄まじく…二体を相手取っているとは思えないほどの相手を寄せ付けない戦い振りであった。

あったが…その均衡が崩れるのはあっけないもの。
獣の一匹が、気が付けば大きく息を乱し、立ち上がることすらままならないほどに憔悴を露わにしていた。
直が戦いに身を投じてからどれくらいも立たないことのこと。
直が獣の形になって幾分もあらないうちに――その体は憔悴しきり、体力の限界を迎えようとしていることは、私のような素人の目から見ても明らかであった。

「…ああ、」

疲れ果て唸りを上げる直、倒れ伏すクロ、その二人を見ても動くことができない――何もできない、わたし。

私は何もできない。

バトルのことなんてさっぱりわからない、それでも直が劣勢であることは簡単に見て取れる、何故直はあそこで飛び出した、そういえば戦って勝てる相手ではないといつしか語ってはいなかったか、尚更何故飛び出したのだ。

私が…私が頼んだからか。

よく考えてみればクロ一人ならば目的の相手ではないのだからそのまま捨て置かれたのではなかったか、私が余計なことを頼んだから、何もできない私が余計なことを言ったから直はあそこで飛び出さざるを得なかったのではないか、そもそも私が!!!




私がクロのボールを受け取っていれば、すぐに、逃げ出せたのではなかったのか。




何も出来ないただの人間の私が何にもならない後悔を抱いた所で、全ては最早手遅れだというのに。


この、愚か者め。




この―――愚か者め。


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