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「紫紡……」
「……そう。」
槍を携え、豪奢なドレスに身を包んだ少女は私の一言にこくり、頷くと、そのまま槍の先を直へと突き付けた。
「………そう。私は、紫紡。」
対して膝をついたまま身を屈ませ、構える直の目は切り裂くように鋭い。
目の前突きつけられた槍が、ちゃきり、構え直されて。
「あーーっ、もう!」
空気が殊更張り詰めた瞬間、まるで狙ったように幼い声が張り上げられた。
「おい紫紡!お前ちゃんと作戦聞いてたわけー?」
「……キョウ」
声の方向は、先程までクロと直によく似た某かの戦いの起こっていた方向。緊張感のまるで欠けた声に、紫紡が槍を下ろす。
同時に、ドッ、と地を蹴る音。軽やかに直が私の傍らへと着地をする。前を見据えるその顔は以前険しいままだ。
声の方向は、先程までクロと直によく似た某かの戦いの起こっていた方向。それが表すことはすなわち、直とよく似た姿の人物の正体は彼であるということ、だと思うのだけれど。
「ったくお前が滅茶苦茶やるからこっちまで失敗したじゃんよ。折角すんなり殺せると思ったのに」
「……ごめん、なさい」
「別に謝って貰いたい訳じゃないってのー。」
頭に手をあてがい首を振るのは、桃色の緩やかなウェーブがかった髪を一つに括った一人の少年だった。
少女よりかは幾分か年長のように見えるけれど、それでも随分年幼き少年の見目をしている。
格好は、紫紡がお嬢様然とした格好だというなら、少年は年若き従者のようなと言うのか。
キョウと言うらしい彼は私と直を見ると、まるで玩具を見つけた子供のようににやりと笑った。
「別に見つからなかったらいい、ぐらいの話だったけどさぁ。わざわざねぐらに飛び込んで来てくれるなんて……っとお!?」
――ズダァアアン!!
唐突なそれに目を見張るそのさき、桃色を残滓に少年の体が横向きに吹っ飛ばされて壁にぶつけられた。舞い上がる風と埃に紫紡の髪が揺れる。
どうやら飛ばしたのは擬人したクロらしい。
紫紡達のさらにその後ろ、頭や肩から血を滲ませ、ぼろぼろになった体で足を振り抜いている姿が見えた。
「はあ……はあ…」
「く、クロ…」
「………ちゃんに……」
そしてそのまま、満身創痍のまま、眼光だけがぎらぎらと光るその姿で、
「アンちゃんに…………近付くな………」
それだけを言うと、そのままふつりと糸が切れたようにその場に倒れ込んでしまう。
「ク、…クロッ!」
思わず駆け寄りかけた私の腕が掴まれ、相手を睨みつける。今そのような距離にいるものなんて一人しかいない。
「直!!離せ!!!」
「断る」
「離せ、と…言っているのが、聞こえないのか!」
「足手纏いは黙っていろというのが分からないのか!!!」
あ しで まと 、
「―――あ、……」
足手纏い。
つまり、邪魔だということ。
役立たずであるということ。
今まで、直の、どのような暴言も聞き流して来ていた、けれど。
「足手纏い」という言葉が今までになく突き刺さったのは、私がそのことをいま、事実として、体感しているからか。
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