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まあ何はともあれ、取り敢えず内部を見ないことにはどうすることも出来ない。
空は少しずつ赤みを増していて、急がなければ現在の夏の気候であればすぐに暗くなってしまうだろう。暗くなってしまってからでは、当然灯りとなるものを持たない私達は月明かりだけの中で目を凝らさなければならなくなる。
これだけ街から離れていれば月明かりでもずいぶんと明るいとは思うけれど、散策をするのに明るいに越したことはない…?
いや、その時はとりあえず寝る場所だけなんとか確保して明日散策を始めればいい話か。
生憎と時間だけは有り余るほど持っているのだ。

しかし、早く終わらせてしまうに過ぎたことはない。なんとか私を一人にしまいと拘るクロを大丈夫だと説き伏せて、放っておけばなにもしない空気を放っていた直に一言釘を刺して私は屋敷のなかをうろついていた。


「……………」

かつこつと足音が屋敷の中に反響する。
屋敷、といえば私なんかは和風の作りを考えてしまうのだが、ここはどうやら洋風の作りを取り入れているらしい。
家の中でも靴を履いていることに違和感を禁じ得ない。

「……てっきりもっと廃墟然としているのかと思ったのだが」

拍子抜けと言えばいいのか、もっと屋根が壊れ床が抜け落ちている程の廃屋を想像していただけに、ずっとまともだったことに軽く驚きながら一つ一つの部屋を見て回る。

もともと大きな屋敷だ、それなりの富豪が住んでいたのだろう。良いモノを使っているだけ物持ちもいいようで、流石にテーブルクロス等は脆くなっており手で引けば簡単にほどけ落ちてしまうような有様だったけれど、それら小物の状態を差し置けばこの建物の状態は廃屋にしては凡そ良好であると言えた。
まあ、あくまで、幽霊屋敷という噂の立つような廃屋にしては、の域ではあるけれど。

注意深く周囲に目を凝らしながら、長く広い机に指を滑らせる。

それにしても、風化しかかっていることを除けば随分と生活感のある屋敷ではないか。
引っ越すなりして家族が退去したのなら家具などは買い取って貰うなり廃棄処分するなりするだろうに、それをしないという事はそれなりの理由が存在したということか。それは例えば、予期せぬ不幸で家族が一度に……いや、流石に思考が飛躍しすぎか。幽霊屋敷などという話を聞いたが為にそう言った方向へ思考が誘導され易くなっているのだろう。
我ながら卑俗な思考回路にため息を落とした時、ふと脳裏をちらついた違和感に立ち止まる。

違和感……そう、この場所に自分以外の誰かがいるような、そんな息遣いが伝わってくるような。

ごくりと呼気を飲み込み、赤々と差し込む光の中に一際目を凝らした瞬間だ。


――アン。


鈴(りん)と耳に響く声音。
それにがつんと側頭部を薙ぎ払われたような衝撃と立ちくらみに襲われよろけるようにして壁に手を着いた。余りに一瞬のこと、状況が飲み込めず目を白黒させる私は息も荒く、その声が父のものだと気がつくまでに無様にも幾秒かを無駄に費やすこととなる。

「……と、う…さ……」

膝砕けに顔を上げた私の視界に、目も眩むばかりの赤が一際閃きを放つ。
眩しさに眩んで目を細めた瞬間、蘇るのは過去のこと。


(なあ)

「あ、」

世界中の茜色をかき集めてぶちまけた様な、暴力的とも言える光の本流が鮮やかに掠れるちかちかと目に痛い「見慣れた」景色。


「あ…なた、は」

赤い夕焼、マンションの駐輪場、長い黒髪が柔らかに緩やかにはためいている。


(………なんで君って、そんなに)



「、」


駆け込むように倒れこむ体を支えるように、
目の前のその人影は正面から私に両手を差し出し、


「―――アンちゃん!!!」
「!」


は、と意識が明瞭になり、つられる様にふつふつと風景は意図を解き私は目の前、白昼夢と重なるように差し伸べられた腕に倒れ込み、受け止められる。



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