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じゃばじゃばとシャワーから流れるお湯で全身を流し、杏は自らの胸元まで伸びる赤い髪を掻き上げた。
茶びた錆色の、母親とは似ても似つかない色合いの毛先が目に映る。
自分には、どこか余所の国の血が入っているらしい。髪だけでは無い。曇った鏡を擦れば、そこには碧色の目が映っている。
日本というこの国においては、明らかな、そう言葉通りの意味で異色を放っているこの色味。
しかし、それでも自分はこの外見に引け目を感じた事は殆どと言って良いほど少なかった。
ひとえに、周りにいた人達のお陰だろう。皆、優しくしてくれた。
この外見、母とは似ていない以上父親からの遺伝なのだろうが、杏が直接父親の話を母親から聞いたことは幼い頃から今まで無かった。
「──そう言えば、もしかして最近見るあの夢って、もしかしたら父さんの記憶、だったりするんじゃない、のか……?」
自分では記憶に無いと思っているだけで、頭のどこかには残っていた…とか、凄くありそうな事だと思う。
それに、もしそれが本当なら、それって凄く幸せなことじゃないだろうか。
母親から直接父親の話を聞いたことの無かった杏にとって、そういう風に片鱗でも血を分けた存在を感じられたと言うことは凄くわくわくする事だった。
面影すら記憶に無い父親。
父親に興味が無いとは言わないし、母親に尋ねることに対しても引け目があった訳ではないのだが、どうにも母親と二人で会話をするという機会自体が殆ど無かったのだ。
(杏、今日も帰れそうにないの。ごめんなさい、急に会議が入ってしまって。)
(きちんとやることをやって、夜更かしをしては駄目よ。お休みなさい。)
脳裏をよぎる母親の声に、軽く目を伏せた。
……お母さん、今も仕事中なんだろうな。最近忙しそうだけど。体、壊さないかな。ちょっと、心配だ。
きゅきゅ、元栓を締めてシャワールームから出る。
体を大まかに拭いて、パンツを穿いた。
私服のまま着たきり雀で寝ていた茶色のハーフパンツに足を通した所で、あることに気がついて肩を落とす。
「ブラジャー、を、持ってき忘れた……とか…」
シャワールームの光に慣れた目では、暗闇の中の部屋の様子はわからない。
手探りで部屋に戻るのは面倒なんだよな…と溜め息を吐いて、脱衣所から重い足を踏み出した瞬間。
「!?」
ふっ、地面が消え失せた感覚。
「な、────はぁっ!?」
落下。
全身が、闇に、そうまるであの夢の中のようなぬばたまの闇に飲み込まれて───………
(杏)
(おいで)
(こっちにおいで)
ぞわり、鳥肌が立った瞬間、まるで周囲の暗闇を塗り替えるように景色が彩り始める。
「こ、れは……」
驚いたのも束の間。
どすん!!!!
「………いっつ……」
着地終了。
暗闇を抜けて辿り着いたそこは、雪国でも、草原でもなく。
白い蛍光灯の明かりがちらちらと揺れる、どこか硬質な印象を受ける病室のような場所だった。
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