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「俺、他には何も知らなくって。マスターの生き方以外には何も知らなくって」


イタチに囲まれたコウモリは言います。見てごらん、この毛皮を。僕は君たちの仲間だよ。鳥と不仲だったイタチはコウモリへ優しく接しました。

鳥に囲まれたコウモリは言います。見てごらん、この翼を。僕は君たちの仲間だよ。獣と不仲だった鳥はコウモリに優しく接しました。


「いけないことだってわかってるのは怖くて。自分で何も知らない場所で生きていくのも怖くて。でもそれに苦しむのは辛いから、しょうがないって達観した振りをして。」


やがてコウモリの所業は両陣営に明らかとなり、どちらの種族にも追われるようになりました。

ですからコウモリは暗くなって周りの動物が居なくなってからでないと外に出られなくなってしまったのです。


「だから、ずっと言い訳してたんだ。─────仕方がない、って」


だけれど、誰がそのコウモリを責められよう?

自分が生きるために周囲の人間に対して良い印象を持たれやすいように、相手に合わせた行動を取ることは罪なのか?

確かに、自分の悪評を言われていたと気が付いた時には人間多少なりとも傷付くだろう、しかし。


「仕方がない、わからない、俺にはどうしようもない………ずうっとそうやって思ってて。そのまま、五年間。ずっとマスターのするはずだった仕事を俺がやってたんだ。それに、何の疑問も持たなかった。可哀想、そこで終わってたんだよ。」

「………クロ。」

「……だけどさ、俺、……あの時。アンちゃんに、「逃げるな」って言われてやっと分かったんだよ。俺、嫌だったんだな。他にも方法があったんだなって」


クロの両頬を、しとしとと涙が濡らしていく。

そのいたましげな様子に、思わず、手を伸ばしてその涙を拭き取ろうとして。
その手を、クロの大きな両の掌が包み込んだ。




「─────もう、マスターの後を追わなくても、自分はやっていけるんだって。」



そのまま、掲げるようにして、頭を下げる。

祈るような姿勢だと私は思った。
同時に、また、赦しを乞うような姿勢だとも。



「……ありがとう………!」


私の手に、すがるようにして祈るクロ。

そのままぐずぐずと崩れそうな顔へ、もう一方の手でそっと掬い上げた。


「私は何もしてないよ。」


クロの濡れた双眸が、私をしっかりと捉えて。


「こちらこそ、助けてくれてありがとう。」


濡れた頬を、労るように撫でる。
暫く病室に、クロの嗚咽だけが響いていた


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