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「そして、五年前。旅を初めて8年が経つ頃。俺は、ついに三回目の進化を遂げたんだ。なつき進化───嬉しかったよ。マスターへの信頼を、これ程端的に示せるものは無いからね。」
「なつき進化。」
「うん。ポケモンとマスターの間に強い信頼関係が無いと成立しない成長。俺はクロバットになった。」
「あっ───」
そこで私は気付く。
彼の名前、『クロ』が何処から由来するものなのかに。
「わかったかな。ふふ、俺の名前もその時に貰ったんだ。クロバット、だからクロ………すげぇ安直な名前、だけどすっごく嬉しかったなぁ……」
なんたって、マスターに、自分の名前をつけて貰えたんだから。微笑むクロ。
同じ種族の他者との明らかな違い
絶対的なインディビダル。
自分が自分であるということ。
「それで、その年。俺達は冒険を終えて。」
唯一誰にも犯されない、離さなくて良い一つのもの。
「───マスターは、死んだ。」
ガツン、殴られたような感触。
てっきり、あの──バンの男がそのマスターだと思って居ただけに……その豹変を語られるのかと思って居ただけに、予想外の衝撃は大きかった。
「冒険を終えた俺達を待っていたのは、自立という次の壁だった」
「………………」
「マスターは、どうにもそっちの才能は無かったみたいでさ。どこからもあぶれた後に、なだれるようにしてこういう業界に入った訳だ」
こういう業界、とは。
つまり先日までクロがいた、あの場所。
薄暗い場所のことだろう。
「それでも俺は、大丈夫だと思ってた。いや違うな──大丈夫だと思うような、考える思考能力なんてただのモンスターの俺にはなかったから。」
「────ただ、マスターがいるから。俺は、ずっと付いてったよ」
なんにも怖くなんて無かったなぁ。呟くクロ。
私は何も言えずに、ただその穏やかな顔を見ていることしか出来ない。はくはくと凍えたようにひきつる心臓を必死で宥めて。
「終わりはあっけなかったよ」
「クロ。」
「仕事でミスをしたマスターが、相手のモンスターの攻撃を受けて、倒れて。」
「クロ、もういい。」
「血だまりが広がって、冷たくなっていって───」
「クロ!」
「気が付いたら、───マスターと全く同じ格好をした自分が、マスターの亡骸を抱き締めて叫んでたなあ。」
ああ。クロ。
そこまで言わなくても良かったのに。
そこまで無理に、自分のことを痛め付けるようなこと。
笑ったまま、泣いてるよお前。クロはゆるゆると頭を振って私の制止を拒絶した。
「ポケモンは、擬人化するとき、そのイメージするものの姿を強く取る……何故なら、擬人化とは、意思の力だから。だからさ、だってさ、俺は、ずっとマスターのことを見てきてたんだ。あいつについてけば、それで大丈夫だと思ってたんだ………」
「クロ。」
「いいんだ、聞いてくれよ、アンちゃんに、聞いてほしいんだよ。」
へら、と笑うクロ。
泣きながら笑うクロ。
「アンちゃん、あいつは、俺を置いてったんだよ!どうしようも無かった。俺は、マスターを守れなくて、でも、それでも───俺は、生きてたんだ」
「………」
「生きて、しまってたんだよ………!」
ああ。
ようやく思い出した。あのバンの男の言葉、───やっぱりお前もアイツと同じか、という。
あの台詞は、仕事を満足にこなせなかったクロのマスターを示していたんだ。
──むかしむかし、あるところに、とあるコウモリがおりました。
ある日。コウモリは翼に怪我を負ってしまい、地面に落ちてしまいます。
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