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「にげ、るな……」
「そうだ、逃げるな。」


私の言葉を茫然と反芻するクロ。その声音はまるで自分に言い聞かせるようで。
でも、何故だろうか。私は、それを聞いて、どこか許しを乞うてるようだとも思ったのだ。

だから、逃げるな、と。

誰に、何を、乞うてるのかなんて私には分からないけれど。それでも、コイツが、何かを引け目に感じて、卑屈を思って、何かを諦めているなら。諦める必要なんて無いんだと、嫌ならば苦しいなら別の道を探すと言うことはけして逃げでも恥じるべきことでも無いのだと、そう伝えたかった。

逃げるな。

向き合え。



「……訳わかんねぇ話してんじゃねぇぞ!てめぇら状況を分かってんのか、アア!?」


喚く男の声。
ああ、コイツは、どうして。

先程から隣で冷や汗の止まらない直の背中をそっと撫でて、ついと視線を上げた。そのまま思うところを吐き出す。


「………お前は。」
「あぁん?」
「お前は、嫌にはならないのか。」
「……あ?」
「先程言っていたな、金になるからだと。」
「それがどうした?」
「だから、こんな行為で金を稼ぐと言うやり方自体に───」


「無駄だよ、アンちゃん。」


その時私の言葉を遮ったのは、誰ならぬクロだった。隣の直が鷹揚に顔を向ける。


「この人には、絶対に、分からない。」
「クロ。」
「この人は、俺とは違うからさ。」


それは──自分は、この男とは違うと、そう言いたいのでは無いのか。ちらりと思ったが、言葉にはならなかった。出来る筈もなかった。
クロの、男を見つめる目の、そのあまりの冷ややかさにゾッとしたからだ。

直の、倦怠を含んだ冷淡な瞳とは別種の冷たさ。
直は、私の事を馬鹿にすることこそあるものの、こんな目を向けて来たことはなかった。こんな──軽んずるような目は。これは、この視線の意味は。
嫌悪か?
否。


軽蔑。だ。


男の隣のゴーストが、じりりと後退する。その笑い顔に、怯えが混ざり込む。


「ぁんだよ、んの、目は──」
「ゴースト。」


男を無視してクロは続ける。



「俺と、戦いたい?」




ゾッとするような笑みだった。




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