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まるで私達を庇うような長髪の男の行動──そして恐らくそれは当たっている──によって私達二人が驚きで思考と行動を停止する中、一番初めに動き出したのはバンの男だった。
「……う、らぎるのか、テメェ……」
信じられないものを見るような目で。
そう、まるで、……まるで可愛がっていた飼い犬に突然牙を剥かれたような。
「クロ!!!」
放たれ、受けた彼が軽く顔を伏せたその名前は、この男の──目の前で私達を庇うように背中を見せる男の名前なのだろうか。
きっと恐らく、そうなのだろう。
「テメェみてえな屑が、足抜けした所でまともにやって行けると思ってんのかよ!」
ぴくり、クロの肩が跳ねる。
男は続ける。
「人から人に移って媚を売ることぐらいしか出来ない腐れポケモンの面倒を見てやったのは一体どこの誰だ!」
むかしむかし、あるところに、とあるコウモリがおりました。
ある日。コウモリは翼に怪我を負ってしまい、地面に落ちてしまいます。
「……すんません。」
繰り出される罵倒、クロはただただ謝るばかり。理不尽にも思える言葉を、侭、受け入れている。
「はっ…テメェもやっぱりアイツと同じだって事か、ようく分かったぜ……」
アイツ。
この状況で、あくまで第三者でしかない私には、その言葉が誰のことを示しているのかなんてわかるはずも無かったのだけど。
「………すんません。」
明らかに侮蔑として吐き出されたであろうその文句を聞いて、そう言われても、あくまで謝ろうとするだけのクロを見て。
彼がまた、へらりと、相手の顔色を窺うような笑いをうかべるから。
「…………笑うな…」
私は。
どうしても、口を挟まないではいられなくなってしまう。
「……っ、」
私の言葉で、こちらを振り向くクロ。
その顔が、情けなく緩んで、無理矢理情けなく歪められてるのだから、もう、とうとう私の口は止まらなくて。
「笑うな、クロ………!」
情けなく歪められた、わざとらしい笑みが、くしゃりと一瞬崩れる。
ああ、お前は。
「怒れ。」
「……お嬢ちゃん。」
「怒れよ。悲しめよ。嫌がれよ、拒否しろよ、」
「じゃあ……俺は、」
「理不尽を受け止めろよ、」
「なあ、……アンちゃん、俺はさぁ、」
「適当に流すな!自分を誤魔化すなよ!」
「………じゃあ俺は、どうすれば……どうすりゃ良いんだよ!!!」
「────逃げるな!!!!!」
ばつん、と。
クロが、殴られたような表情を浮かべた。
そしてその顔は、殴られた驚きでもあり。微睡む泥の中から目を覚ましたようだとも思った。
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