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逃げようとした訳じゃない。
蹴散らさなかったんじゃない。

逃げださざるをえなかったんだ。
蹴散らすほどの余裕が無かったんだ。


コイツが初めに現れた時、私は何と思った?
どうして、どうやって、ここに。
そう思った、それはどうしてだ?

コイツは、体の作りをねじ曲げる程の、自分のあり方を無理矢理換える薬の被検体にされ、ようやく治療が始められたばかりで。
だから、そうだ、昨日だってそうだった──焔、ポケモンとしての力を極力使わないようにしていた。だって、印象こそ強く残ってはいるものの、数多く見た気がするものの、コイツは、あの火焔を、一回しか使ってないじゃないか。
それでも最後は自分で立つことすら出来ない、意識も朦朧な這う這うの体だったじゃないか。

それが昨日の今日、それで──
それで、戦うなんて、そんなこと。


蹴散らさないんじゃない、蹴散らすだけの体調じゃ無かったんだ。

逃げる真似をするだなんてらしくないだなんて、逃げる道を選ぶ以外に私を助けるだけの方法が無かったからじゃないか。

あの火力なら、簡単にこいつらをのせる筈だなんて───私は。
なんて、無責任で、他力本願なことを考えて。

いや、ちがう。
考えて、いなかったんだ。
自分が出来ること、回りの事を考えること、それを放棄して………。

なんて、無責任で、他力本願で、自己中心的。



「……楽しいか、お前達。」

私は。私は楽しくも無いのに笑えない。笑いたくもないよ。

私は楽しくないよ。


すがりつくように、引き留めるように。相手を睨み付けた。


「お前達にも、生活があることぐらい、私にだって分かる。お金を稼ぐことの大変さぐらい、わかってるさ。」


家に居ない母親。
一人きりのアパート。
冷たいリビング。
父親への追憶。
それらがぱっ、ぱっと頭を過っては消えていく。

お金を稼ぐことは、そうだ、とても大変だ。


「でも、それじゃあ、お前達は。」

だからと言って。


「─────真面目に、ちゃんと、頑張ったのか?」


こんな犯罪行為に手を染めなければならないほどだったか?
まっとうな道を進めなかったか?

自分の道を、自分で、切り開こうとは、したのか?




「……ギャーーッハッハッハッハッハッ!!!」

バンの男が私の言葉を聞いて、再度高笑う。
心底可笑しくて堪らないと言った様子で──そう、こいつは、初めからそうだったな。


「コイツ、何を足掻いてるかと思ったら……説教かよ!」
「……………っ」
「ハッハッハァ……ガキが、綺麗事だけじゃこの世は回らねぇんだよ、なんだ?『真面目に、ちゃんと、頑張ったのか』ぁー?」


揶揄するような口振りに、隣の直が呻いた。
はっはっ、と、荒い呼吸は、しかし私の浅いそれとは違ってどこか犬のそれを感じさせる。


「実は僕こうしないと生きて行けなかったんですぅ、と言うとでも思ったかよ!!俺は、手間の割にいーいバイトだったから割のいい副業として手を付けてただけだっつの……あーっ、面白いものが見れた……」


ここまで笑ったのは久し振りだ、そう言って一歩、私達に近付いて。


「つっても、まぁ、そろそろはしゃぎすぎたな……人がこない通りを選んだとは言え、いつまでも誰も来ないとは限らねぇ。分かるよなぁ?」


ゴースト、シャドーボール!

続く指示に従ったポケモンが、黒い球体を発射。
跪いたままの直に向けてその攻撃が迫る、その時。



びゅびゅびゅ!!

風切り音。

球体が切り裂かれたように分裂して、左右に私達を避けたところで衝撃を起こす。


「な───」


動揺を隠せないその声は、私の物ではなく、直の物でもなく。
ゴーストに技を命令した、男のもの。



「………すんませんね。」

とん。ごく軽い着地音と共に、へらりとした背中が目の前に舞い降りる。

まるで、そう、私達を庇うような場所に。


「何を……!してやがる!」
「俺、やっぱり、女の子が好きなんすわ。」



───だから、女の子に酷いこと、したくなかったんすよね。


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