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どうやら例の薄気味悪い目玉は私達を逃さない何かしらの効果があるらしく、その証拠に直ももう退却をしようとはしていないし、私自身、逃げようとしても逃げることが出来ないでいる。
よろついて足を出す分には後ろにも出せるようだが、不思議なことに、頭の隅でちらりとでも逃げることを意識した瞬間足が竦んで動けなくなってしまうのだ。

私には詳しいことは分からないだが、幻を見せて一種の強迫観念を引き起こす、催眠の様なものと考えるのがいいのだろうか。でも例えそうだとして、こいつらはどうやって幻を私達に見せた?そもそもあんな一瞬で催眠に落ちるものなのか?
それとも私が考えている事が全くの検討違いで、………いや、そういった類いの事は今は関係無いか。

どうしたらこんな事が出来るのか。それは確かに今知りたいことの一つだが、私が分かるような原理かも分からない上に今重要なのはそこじゃないだろう。

重要なのは、「何のために」「どうするか」であって。余計なことは後で考えれば良いことだと言うのに───どうやら酸素の薄さが頭にも相当キてるらしい。


ところで、どうしてさっきはあそこまで焦って直は逃げようとしたのだろうか?

こいつの性格からして、敵に背中を見せるような真似は絶対に避けそうな……いや、違うな……逃げる真似を避けるどころじゃない、自分の敵となった相手は、徹頭徹尾徹底的に、決定的に叩き潰しそうなものだけれど。

叩き潰し。
燃やし尽くし。
完膚なきまで、痛め付ける。

幾度か見た直の業火を思い出して、脳裏にチリチリと焦がすような鮮烈さが蘇った。

あれだけの火力があれば、簡単にこの男達ぐらいのしてのけると思うのだが?


それでも、見上げた横顔は相変わらずの冷徹冷涼。何を考えているのか、その表情から読み取る事は出来ない。


「ゴースト、シャドーボールだ!」
「………」


ばちぃ!
紺と緋がぶつかり弾ける。

綺麗に相殺とはいかないらしく、熱風やら闇色の謎物質が辺りに撒き散らされ、その衝撃は爆風となって此方へ降りかかった。

「…………くっ……」


その時。


「…………ッ、」
「直!」



ふつり、と。

まるで糸が切られたかのように一瞬、直の肩が背筋が腿が、膝が、力を失った。そしてそのまま跪く。


「─────え、」


顔を伏せたまま膝をついて青息吐息の直を呆然と見ていることしか出来ない私の耳に、高らかな笑い声が届いた。


「あぁーっはっはっ……そうか、お前、思い出したぞ!!」
「……に…が、おかしい…!」

地面に屈み込む私達が可笑しくて堪らない、そんな顔に歯噛みすることしか出来ず震える声で睨み付けた。

直は依然跪いたまま。
ほたほたと頬を流れる汗が、ただただ異常を私にしらしめている。


それを見たバンの男は、征服欲をくすぐられたのか、より愉しげにくつくつと笑いを振り撒く。隣のghost、幽霊と呼ばれたポケモンも同じようにニタニタとこちらを笑っている。

その中でもいっとう、私を誘拐したあの長髪の男の笑みが、酷く目について。


「被検体の薬浸けヘルガー、てっきりセンターにでも預けられているかと思えば、のこのこと姿を表しやがった!」

───誰も、助けてはくれないんだ。

「お陰でさっぱり分からなかったぜ……さっきこのアマを掴まえる為に原型に戻ったりしなきゃ、まだわかんなかったかもしんねぇがなぁ!」

「黙れ…………」

誰も、助けてはくれないんだ。
───なんて、誰がそんなことを考えた?


「バカみてぇにのこのこ現れやがって、二人で仲良く金ヅルたぁご苦労な事だなぁ!」
「笑うなあッ!!」



かすれて、弱々しい声で、それでも腹の底から絞り出して。



「私を、助けに来た、コイツを、笑うな………!!!」



睨み付けるその先には、長髪の男。
恐怖にではなく、憤りに体が震えるのを感じた。


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