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少し進行方向に進んだ先から、がちゃん、と車のドアの開く音と、粗暴な男物の声が響いた。
誰か助けて、そんな言葉で誰かが助けてくれるだなんて。そんな幻想。現実は、甘くない。
ザッ、ザッ、ザッ、
俯いていた彼は我に返り、再び歩みを進めていた。カンカンとした金属音は止んで、その代わりに革靴が土を擦る音が立っている。
つまり、ああ、リミットはもうすぐ。
だれか、助けて、なんて。
───それで誰かが助けてくれるほど、現実は、甘くないんだ。
それなら、もう。
それならもう、いっそのこと、意識を手放してしまおうか。
力は出ない、声も出ない。道具もない。助けてくれる相手もいない。
どこへ連れていかれるかなんて知らないけど、堅気な場所でないことだけは確か。どうなるかも分からない。
それならいっそ。
それならいっそ、もう、楽になってしまおうか。
「ご苦労。じゃあ車に積め。金はいつも通りに振り込んでおけばいいか。」
「……………。」
その時、だった。
「………あぁ?何突っ立ってる、とっととそいつを寄越しやがれクロバッ……あぁ?なんだこいつは。」
………グルルゥウウ……。
じゃっ、じゃっ。
私を抱えている男でももう一人の男でもなく、勿論私でもない第三者の足音に混ざって。
ふと、獣の唸り声が聞こえた気がした。
「その女を離して貰おうか。」
聞こえたのは───シベリアの氷柱を限界まで研ぎ澄ませたような、鋭く冷たい声音。
なんで。
どうして。
声の主に思い当たって、それでも信じることが出来ずに、顔を持ち上げる。
ああ、力が入らずゆっくりとしか上がらない、この思い通りにならなさが焦れったい。
そして、じっくり、上げた視界の先には。
「……………な、お………」
白いワイシャツに、ジーパン。
黒髪と瞳がよく映えて。
「直…………!」
普段から真っ白な雪のような肌をさらに青くして。ああ、お前。
今にも、倒れそうじゃないか。
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