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明るい場所に、興味も嫉妬も希望も持っていたけれど。
同じぐらい、その光に恐れも畏怖も諦めも持っていたという。
ただそれだけの話。
そう、ただそれだけの、ごくありふれたお話。
ドッドッドッドッドッ。
キイッ!
耳馴染んだエンジン音とブレーキ音に窓から外を覗くと、アパートの前に白いミニバンが停まってた。
約束の時間にもなっていることだから、迎えに来たんだろうな。
思わず鉛のような溜め息を漏らして、ベッドの上へ目線を流す。
血の気が抜けて蒼白になった顔色は透き通って陶器のようだ。
確か、初めて選んだのは、クズみてぇな男。
女に集っては酒に酔って殴り、なぶって、その癖自分では働かない典型的で在り来たりな屑。居なくなっても誰も困らない、不思議じゃない、そんな男。
ついこないだ流した子はポケモンだった。群れとはぐれたムックルで、少し優しくしたらすぐになついて。ホイホイと、まあ、都合の良いポケモンだった。
引き渡した彼らがどうなるのかは俺は知らない。
分かっているのはろくなことにならないって事だけ。それだけでも知ってはいたけど、けして何も思わない訳じゃなかったけどさ。嫌だとか、やめた方が良いとか、何回も思ったさ。それでも。
それでも、
でも、残念だけど俺は、これ以外の生き方を知らなかったんだよ。
***
ドッドッドッドッドッ。
キイッ!
耳馴染まない少し乱暴なエンジンの音、そして耳に軽く障るブレーキ音に、うっすらと目を開いて、閉じた。
なんとか意識こそ覚醒したものの、体が酷く怠い。
どんな風にって、手足は鉄の重りでも付けられたように重いし、その癖頭はガスで充たされているかのようにふわふわと定まらないのだ。
まるで、そう──眠りに落ちる一瞬を何秒も味わっているような。
不安定なのに、どこか心地好い気分。
その心地好さに目を閉じたままうつらうつらしていると、「よっこいしょ」という声と共に割と丁寧な手付きで体が抱き抱えられた。
ずしり、重力に引かれた感覚に、一瞬意識がはっきりとするのに、同時に拡散して目玉が後ろ頭に引っ張られもするような。
「んっ………」
その相反する感覚に、軽く身じろぐ。
「………っどろいた……あんだけ血ィ抜かれといて、まだんな元気残ってんの……?」
男の声に、不安定な思考を総動員。
ああ、やっぱりさっきのアレ、血を吸ってたのか……他人の血、なんて、美味しいものでもないだろうに。
そう言えば輸血では違う血液型は拒否反応が起こるけど口から飲み込むってのはどうなのかな…等とうだうだと考えている間に、カン、カンと音を立てながら階段を下って行く浮遊感と重力の繰返しが始まった。
エンジン音が徐々に近付いて来るのがわかる。
あ、やばいな。
幾ら危機感の無い(と最近というかついさっき実感した)自分でも、このままではいけないことぐらいはわかる。
こいつらが何を目的にしているかは分からないけれど、車があるかぎり私が何処かへ連れていかれるのは確かだろう。
そしてこれだけスムーズに手順を踏んでいるらしい以上、こういう……拐かし等の汚れ仕事に手慣れた奴等だと言うことも、理解出来る。
それは分かる。
だから、どうにかしなくてはいけない。
それも分かる。
じゃあ、具体的に、どうすれば。
それが、どうしても分からない。
カン、カン。
ゆったりと、だけど着実に階段を下って行く音が耳に届く。
ああ、こうしている間にもリミットは着々と近付いている。
どうすればいい?どうすればいい。
そんなの────どうしようもない。
だって、力も出せなくて、
意識を保つのが精一杯で、
声すら満足に出せなくて、
身を守るための便利な道具なんて勿論なくて。
何より。今、この世界においては。私を助けてくれる人は誰も居ない。
頼れる相手が、私には居ないんだ。
だってここは。
私のいる、世界じゃない。
「…………ぇ、」
ぎゅ、手のひらにありったけの力を総動員。そして、とん、と相手の胸を叩く。
ぶん殴ってやろうかと思ったのだけど、拳を握るどころか、手を緩く丸めるので精一杯だった。
ああ、もう。
「……け、……よ……」
畜生。
誰か。誰か。
「……助けて…よ……!」
その時。
それまで着実に続いていた進みが。確かに、その場で止まって。
「………。クソッ…。」
助けてくれるのかと言う考えが一瞬頭を過った、その時。
「………おい!さっさとしろ、何やってんだ!」
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