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「あら、お嬢ちゃん、起きちゃったの。」


ぎぃい、がちゃり。

実は玄関とおぼしきドアの手前、壁側にもう一つあったらしい扉が開いて、開いた空間からもわぁっと湿気が流れ出てくる。

空気の流れを裂きながら出てきた声の主は、腰にタオルを巻いて、頭をわしゃわしゃとタオルで水気を拭った。
つい先ほどまでシャワーを浴びて(たんだか風呂に入っていたんだかは分からないが、とにかく暖かいお湯を浴びて)いたらしく、時折ぽたりとそこかしこから水滴が滴り落ちている。


「……んー……ホントはもうちょっとお休みしてて貰うつもりだったんだけどなぁー…」


へらり、笑う顔を見て。思い出す。
そうだ私は電子掲示板の前でこの男に声を掛けられて……。


「お前が私をここに連れてきたのか?……何が目的だ?」


一応尋ねこそしたものの、こいつが私をここに連れてことは最早確信事項だった。そうであるだろうし、そうでなくては状況に合わない。
目的を聞いても答えが返って来るかは分からないが、聞くに越したことはないだろう。


「……その前に、さあ。ね、ね、お嬢ちゃん。どうしてそんなにはっきり喋れちゃう訳。」
「?」

どういうことだ?

「いやね、ちょっとね……。……まあいっか。」
「なんだ、中途半端に話を止められたら気になるだろう、聞きたい事があるならはっきりと言ってくれないか。」
「ん?ああ……じゃ、さ。お嬢ちゃん血の気が多いって、結構言われない?」
「ああぁー……まあ。そうだな。」
「はは、やっぱり。」


へら、と笑って、よっこいしょ、とベッドに──そこに寝かせられていた私の隣に腰掛ける。

あ、あの。
あまり足を広げられては。タオルの隙間から〜…その〜……い、いかがわしいものが見えかねないと言うか……。


いや、そもそも今はそんなこと気にしている場合では無いのだけれど。

嫌なものは、嫌だ。

…………?


「…………」
「……ってか、どうしてお嬢ちゃんそんな暢気にいられるかが分からないんだけどさ。」

少しだけ、カチン。

「暢気では無いぞ。分からないから、聞いているだけじゃないか。」
「………こりゃあ失礼。じゃあさ、」

身を、ぐい、とこちらに乗り出して。


ぎ、ぎぃいっ。


ベッドのスプリンクラーが音を立てて、相手の手元にマットレスが軽く沈み込む。

「…、」

そちらに傾く体を押さえ付けるように、反対側の肩をずっしりと固く固定された。

肩、お腹を基点に仰向けにベッドに縫い止められて。


仰向けになった先、自分に跨がっている男が影を背負ってこちらを静視している。

少し、怖いと。

心の奥でほんのちょっとだけそう思った。


「こういうことになるとは、思わなかった?」
「…………」


ごくり。唾を飲み込む。

全然思わなかった。


「だからさ、暢気っつったの。分かる?」
「………に、が、」
「普通さ、いきなり気を失って、男の部屋に連れ込まれてたらこう言うこと想像するでしょ?」


つっ……、と、男の手が、膝から足の付け根に向けて、内腿を辿る。

つ、つ。


「……、…っ、」


なぞり上げる、指先に、ぎくりと体を固まらせて。


「はは。こわがっちゃって、かーわい。」


私の反応を見て満足したのか、それ以上上に指先が来ることは無かったが、代わりに上体を抱き上げられ、間近に顔を引き寄せられる。


「……危機感皆無。純粋なのはよきことだけど、あんまり世間を舐めてると、痛い目見るよ?」
「………」

「だから、こんなろくでなしに食いもんにされちゃうんだよ。」


へらり、笑って。


ぐい、と顔が首元に寄せられ、極近に寄った唇から漏れた吐息が、耳の裏をぞわぞわと刺激する。
腕から背中にかけて、肌がぶわりと粟立って。



「────っ、なっにー…、が、可愛いだ!」



粟立って、そのまま、蹴り飛ばす。ベッドから叩き落ちる男。
思いきり腹に足をくれてやった。


「───人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!そんなに……そんなに面白いか!」

嫌悪でぞわぞわと粟立つ腕を戦慄かせて。怒りを露に玄関とおぼしき扉へ歩みを寄せる。

そしてすれ違う瞬間、地にへたりこんだ男の表情が、今までとは全く異なる表情な事に気がついて、


───ばん!!!!



壁に強く押さえ付けられて、ようやく今の大きな音が自分と壁の間で起こったものだと気が付く。憎しみ、羨望、諦め、そんな感情がぐちゃぐちゃになった顔が目の前にあった。

呆気に取られて思考が停止した瞬間に、その顔が、迷いを吹っ切るようにこちらへと近付いた。
れろ、と生暖かい湿った何か──どう考えても舌だ──が一瞬、触れた。次の瞬間。
ひやり、とした感触と、何かがぷつりと肌を破る感覚。


「!」


危ない、危険だ、そう思ってぐいぐいと力の限り相手を突き放そうと押すのだけれど、相手の体は憎いことにぴくりとも動かない。
いや、私の──力が、抜けていく……ちがう、力を入れることが出来ない。

私の焦りを余所に、男は、口づけた首を啣えこんで離さない。

「…………ふっ…」

じうっ、じゅるる、

「……んんっ……」



くら、と。

意識が一段階遠退いた気がした。

どうやら血を吸われているらしい。私の力の入らなかった原因も、これだろう。

吸われてる部分は痛いわけではなく、一つ吸われるごとに心地好い痺れがびりびりと脳内を満たしていく。

まるで首筋から、私の中味が溶かされて吸い出されて言っているような。


「……な、……に、を……、」

じゅ、じゅっ、じゅるっ。

ただ単純に吸うだけではなく、器用に舌が這い回り上手く傷口をしごいている。


「……こ、の……っ、」


じゅうっ。

「…………こんなもん、かね。」


くたり。へたれた体をベッドの上に倒され、そのごく軽い衝撃でさえ意識が飛んでしまいそう。

朦朧とした意識を必死にかき集め、少しでも長く意識を保とうとする。



その時、ふと、こちらを見ている男が私をみて、へらりと笑っているのが見えた。

瞬間、ちりり、と何か針で突き刺された感覚。急き立てられ、一瞬、力が戻る。


「…………まえの…、」
「……?」
「笑顔ってさ……、全然、面白…く、なさ…そ…、……う、だなっ!!」


一瞬で真っ青になった顔に、ありったけの残り力でにんまりと笑う。
それを見た彼は驚愕をあらわにして、しかしこちらの方が、よっぽどすがすがしい。


しかしその表情も一瞬。


「……………楽しぃーよ。」


へらり、と崩れた顔に、こちらの意識も霧散する。


「今度こそおやすみ。」

お嬢ちゃん。そんな彼の声を最後に、私は目を閉じた。


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