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「……分かってないのは、お前だろ、直。」
その瞳を真っ直ぐに見返して、出来るだけ凛とした声になるように言い返した。
出来るだけ、はっきりとした声で、自信を伝えられるように。他者との関わりを拒絶するための壁を、理由を、壊してやれるように。
「私は、こちらに来るまではポケモンなんて存在は知らなかったし、人間以外にこうやってはっきりと意思疏通出来るような相手を持ったことは、無かったぞ。」
「…………」
こいつが行こうとしている道は、孤独が過ぎる。
自我を持たない獣ならまだしも、考える力を得たものに、自らに近寄る他者を片っ端から排除するようなそんな生き方は酷すぎるじゃあないか。
「だから、この世界に居る人間の考え方なんてわからないし、そいつらと同じような考え方が出来るとも思えないぞ。分かるか。私には、自分と同じように考え、感じ、生きている相手を、粗末に扱えるようなそんな考え方、無い。」
せっかく、考える力を、感じる心を得られたと言うのに。
そんなの、悲しすぎるじゃないか。
「何もこの世界の人間を信じろという訳じゃない。はは、正直私もポケモンの一つとして扱われても妥当だと思えるぞ。何しろ価値観の共有が出来ていないんだからな。だから、なあ。」
───私だけでも信じられないか。
…………ハァ。
疲れたような大きな溜め息が聞こえた。射抜かれていた瞳はいつの間にやら逸らされていて、あのプレッシャーも霧散していた。
「もう知らん。勝手にしろ。お前の話は疲れる。」
「………っ、じゃあ決まりだなっ!。」
こちらとしては、名前を決めた時点で半ばそのつもりだったので、ほっとして胸を撫で下ろした。
いやぁまさかそんな事を考えていたとはなぁ〜…。
「いやぁ、納得してくれて良かったぞ。お前危なっかしくて、目が放せないもんなぁ。」
嬉しさからそんな事を言ったら、すぐに「どっちが。」と返された。
え?お前がだが……。変な事を言うな、私に危なっかしいところなんて、一つも無いだろうに。え?分からないならもういい?
だから、何のことだって!
***
センターから一歩踏み出すと、既に高く昇った日がじりじりと肌を突き刺した。相変わらずの真夏日の気候。
夏であってもじめじめとした湿気を含んだ空気は、私の住んでいた地域の空気と似ていて、異邦であるにも関わらずどこか懐かしさを感じさせる。
そう。夏と言えば、初めにあいつが襲い掛かって来たとき、私の言葉を信用した理由の「本人でしか語れない真実味」(だいぶ言葉は違うけれど)とやらの内に、この……天気のことも含まれていたらしい。
全くとんちんかんな内容を迷いもせず言い切るその姿勢、またそのとんちんかんの内容が私が全く別の場所から落ちてきた(飛ばされて来た?)記述とも相まり、信じさせるに値したとのことらしい、が。
「……全く回りくどい奴だよなぁ。」
ふう、と一つため息を吐き出した。
それにしても、随分と都会な街並みだ。空気こそ似てはいるけれど、この発展具合は私の住んでいた地域とは大違いだ。
………先程から街を歩いていて気が付いた事がある。
一つ、ビル群は連々と建っているにも関わらず、車が殆ど見当たらないる。普通これぐらい発展している街だったら車通りも相応でなければおかしいのではないだろうか。
車通りが見当たらない代わりに、燃える鬣の馬のような生き物や、二頭の……鳥?、そのような例のあちらでは見た覚えの無い様な生き物に跨がる姿や、それから自転車の通りが多い。
車の代わりにポケモン……に、乗っている、と言うことなのだろう。
………なんだかいい気がしないな、そう思ったその時、一つの電掲が目に入った。
『皆のための、新しい技術開発』
『新しくなったギンガ団に、お任せ下さい!』
丁度CMの締め括り部分だったらしく、アルファベットのGの文字が銀河を背景に煌めくのを最後に、別の会社のCMに移り変わる。
───ギンガ団。そうだ、確かあのビルにはギンガの文字が冠されてはいた。
画面を見詰める目が自然と厳しい物になる。結構大がかりな会社らしい。
技術開発─……何のジャンルの技術開発だかは知らないが、それを聞くと、確かに、実験やらなんやら胡散臭い行為をしていてもおかしくはない会社じゃあないか。
険呑な。
そんな事を考えながら画面をじっ、と見つめていた、そんな時。
「ねーえ、お嬢ちゃん。そんな怖ぁい顔して、どおしたの?」
「!」
ぽん!と肩に乗せられた手にびくりと肩が跳ねた。
咄嗟に脳内に閃いた、追手、の二文字に、半ば振り払うようにして距離を取る。
どうして。
「おっと。吃驚させちゃった?ごめんね、いきなり。」
困ったなー、警戒されちゃったかなーとまるで面白くも無さそうにへらりと笑う声の主。は、ともかくとして。
どうして………いつの間に、ここまで近寄られていた?
いくら私が考え事をしていたとは言え、肩を掴まれる程度に背後に近寄られたとしたら、気が付かない方が可笑しい。
なのに。
事実私は近接を許していて。
その事実に、得体の知れない気味の悪さに、ぞくりと肌が粟立った。
「……一体、なんの用事だろうか。」
「まあまあ、そうつんけんしないでよ。警戒してるって、お顔に丸出し。」
「………。」
「まあ、本題も勿論あるんだけど……なあ、」
その瞬間、スイッチが切り替わったかのように声色が変化する。
「君だろ?」
誰が、とか。何の、とか。
全てをすっ飛ばした質問にもならないそれは、しかし言葉にはならない自信──確信に満ちていて。
何がなんて言わなくても分かる。分からざるを得ない。
こちらに来たばかりの私が、殆ど何の関係もこちらで持たない私が、誰かに何か断言されるような事柄、一つに過ぎなくて。
これは、
──────確認だ。
逃げなければ。
そう思った瞬間、体が下がれなくなる。早く逃げなければ、そう確かに思う、のに。
……逃げられない!
ちろり、赤い舌がその唇を這ったのを境に、私の記憶は曖昧になった。
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