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ういん、再び独特の機械音をくぐり抜け、例の赤屋根の建物に入る。

昨日は特に気にはしていなかったが、(まあ気にする余裕も無かったんだが、)この中では独特の音楽が常時に流れている。
安心させる、心地よい音楽を聞き流してカウンターへ進むと、昨日の女医さんが私に気が付いて、にこりと会釈をした。


「今日は随分と荷物を持っていらっしゃるみたいですね。」
「あ、ああ、これか。」


女医さんが目をやったそこには、丈夫な素材で出来たリュックサック。勿論、提げているのは私だ。
リュックサックには必要最低限の荷物が入っており、他にも私自身もシーツを裂いて巻いただけという野性味溢れる格好から大きなクラスチェンジを果たしてかなり良いものになっている。


「格好も昨日とは変わってますし……本当に、お宅が近くにあるみたいで安心しました。」
「はは……」すまない女医さん、それ実は嘘なんだ。でも、本当のことを言いたいのは山々だけど、こんなこと女医さんに説明しても困らせてしまうからなぁ。せめて話しても大丈夫そうな誤解だけでも解いておこうか。

「まぁこの荷物は私が買ったものじゃないんだけどな。」
「ああ、おかあさまですか?」
「いや…なんか……道端で出会った人が買ってくれた。」
「は、はい?……………あの、アンさま、それはもしかして羽振りの良さそうなおじさまである、とか……」
「ん?いや、普通に同い年ぐらいの女の子だったが……」
「ですよね!」
「…………?」


ほっとした様子の女医さんだが、私には何故彼女がそんなに安心しているのかがよくわからない。なんのことだ?


「い、いえ……少々不躾な想像をしてしまっただけなので……アンさまはお気になさらないで下さい。」


気にしないでと言われたら、まあ気にしないけれど。
……先ほど会った彼女もどこか訳有りな雰囲気を醸し出していたし、下手に深入りするのも申し訳無いからな。

そこで思考を一旦打ち切り、奥に通してもらう。
廊下を歩きながら、昨日は特に目に入らなかった似たようなドアを何枚も通り越す。トレーナーカードを持っている人間はここで無料で宿泊も出来るらしい。

これは昨日の面会の後の女医さんの話から確信したことだが、トレーナーカードと言うのはこの世界での、要するに個人を特定するための身分証にあたるものらしい。
それを持っていると様々なサービスを受ける事が可能で、逆に持っていない人間の方が少ないだとか。(だから、私が「見せなかった」のではなく「持っていなかった」のだと知った女医さんは、一瞬だけど凄く驚いた顔をしていた。)

でもこの世界での住居だとか籍だとかを持っている訳もない私には関係のない話だよなぁ。
取得出来るなら出来るに越したことはないけれど。


そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか目的地には着いていたらしい。予め教えて貰ったあった部屋番号と同じ番号の個室の前に立っていた。
躊躇なくがらり、部屋に入る。
窓から入る光が白い壁に跳ね返って、眩しさについ目を細めた。


「おはよう。直。」
「………フン。遅かったな。」
「……お前はおはようの挨拶もきちんと出来ないのか……。」
「やろうと思えば出来なくは無い。が、貴様相手にする必要も無いだろう。」


ほんっとーにお前ひねくれてるよな!まったく!
手近にある丸椅子を引っ張り出してわざと乱暴に座る。直が舌打ちしたのが聞こえるけど、お前、自分の取ってる態度だって似たり寄ったりだからな?

はぁ、全く本当、向こうじゃこんな捻くれた奴見たこともない。向こうじゃ、もっと……もっと。

……もっと………?


到りかけた考えに頭を緩く振って思考を放棄した。これ以上考えてはいけない。
元の世界の事を幾ら考えても戻れる訳じゃない、大事なのはこれからのことなんだから。

そうだ、これからのことを私はどうにかしなくちゃいけない。何しろ突然世界感からして全く違う場所に来てしまった訳だからな。
取り敢えず拠点と呼べる場所は欲しいのだが、トレーナーカードも無い以上ここは直が治ったら出ていかなきゃいけないし、かと言って他に当てがあるわけでもなし。


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