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(いたい。)
(いたいの。)
「………っの、役立たずがッ!」
「何の為の門番だと思ってやがる!」
その怒鳴り声が耳を刺すとほぼ同時に、どっ、と背中を押され、地面に倒れ込んだ。
今のは、多分蹴られた感触。
わたしには、避ける事も堪える事も出来たけど。でも、だめ。
避けちゃ、だめ。
抵抗しちゃ、だめ。
「ごめんな、さ、」
「うるせえ!謝罪の言葉を聞きてぇ訳じゃねぇんだよ!」
ガツッ、頭を蹴飛ばされ、地面に押し付けられる。痛くは無いし、強くも無い。ただ、ごりごりと靴で地面に抑え付けられてじゃりじゃりとした土埃が口に入るのは、あまり気持ちの良いものじゃない。
「ごめ、…な…」
「うるっせぇっつってんだよ!」
「誰のお陰で生きていられると思ってんだ、っらぁ!」
ごり、ごりぃっ。
(いたい。)
(いたいの。)
「自分の役目も果たせないようなクズを生かしておく余裕なんてねぇんだよ!」
「自分が何様だと勘違いしてるかは知らねぇが、少し強いぐらいのテメェなんざとっとと地下室送りにしてやっても構わねえんだぞ、この役立たずのクソガキが!」
ガスッ!!
お腹に鈍い痛みが走る。
「かふっ…。」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
役目を果たさなくて、クズで、役立たずで、ごめんなさい。
ごめんなさい。
(いたい。)
「………そのあたりで、お止めなさいな。」
地べたに這いつくばったまま耳に届いたのは、聞き慣れた女声。
「アッ…スタルテ様!」
同時に自分への暴力が終わったことを悟る。
声の主は男達と二三言話して彼らを下げると、わたしのすぐ傍にしゃがみこんで、その滑らかな手で、私の顔をそっと挟んで持ち上げた。
まるで、びろうどみたいななめらかさ。
「もう大丈夫よ。」
「大丈、夫……?」
「ええ。彼らがごめんなさいね。」
口元には柔らかな微笑みを称え、包み込まれた優しさはまるでおかあさんのもののよう。
そっと胸元に引き寄せられて、その中に抱かれて、感じる温もりにそっと目を閉じた。
「……もしも、貴方がつらいのなら。休んで、構わないのよ。」
「いえ。」
咄嗟に口をついたのは、否定の言葉。
「……わたしは、これが。仕事、だから。」
「そう、良い子ね。」
アスタルテ様は、優しい。
でもそれは鎖みたいだと頭の何処かで考えた。
逃げることを許さず、手の中で飼い殺すための、甘い優しい鎖。
そうは分かっていても、わたしは逃げられない。
逃げたくない。
そっと頭に回された腕の中、ほたほたと雫が地面に落ちた。
(いたい。)
(いたいよ。)
お願いしますから、がんばりますから。捨てないで下さい。
見捨てないで下さい。
(こころがいたいよ。)
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