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「おい、アレは何だ?あの…やたら大きい鳥は。」
「……とり…。ムックルの事か。アレも……ポケモンの一つだ。」
最早殆ど力の入らなくなっている体をずるずると引きづって、街中をうろうろずるずる。
通りすぎる人の中には親切にも声をかけてくれる人も居たけれど、あの会社がこの世界においてどんな役割をこなしているかわからない現状下手に事情をバラす訳にもいかず、結局私が引きずりながら歩いている。
「アレもポケモン、か…。ポケモン、って……もっとこう、狭い種類かと思ってたけど、さっきも犬みたいのとか蛾みたいの然り、本当に色々と居るんだな。」
「……色々居て、当たり前だろう……そもそもがお前たち人間以外……の生き物を、お前たちがポケモン…と呼んで、いるのだからな……」
「お、おぅ…」
な、なるほどなんだぞ……。それは沢山の種類が居て当たり前だよなぁ…。
「じゃあさっきのポケモンは、ポケモンの中のドクケイルという生き物、と言うことか?」
「……………」
「……大丈夫か?」
「……貴様に…心配されるような……やわな作りは…」
「わかったわかった。で、次はどっちだ?」
「……知るか…。…赤い屋根…の建物……」
どんどん言葉が怪しくなって来るのを聞きながら、逸る心を落ち着けて歩く。
赤い屋根ならずっと見えているし、最初からそちらへ向かって歩いて来た。
先程訪ねたのはわざとだ。
気の失えない中では、苦しみから痛みから逃れるには、他愛もない、ほんのすこし考えるだけの会話が気を逸らすのに一番効果的だと私も知っているからだ。………まて。
知っている?
「ポケモン…と。言えば、先程の子供…も、ポケモンだと…気が付いていただろう。」
思考の沼にはまりそうになった瞬間。男の声にはっ、と現状に引き戻される。
「は?」
「………」
え、まって。さっきの…て、
「あのフワフワドレスの菫ちゃんか?」
「気が付いていなかった…のか…?」
「いや、だってなんか…普通の子…だったじゃないか。」
「……俺が、普通の人間に、見えないか?」
わかったからそんな子供に対する呼び掛けみたいに一々切って言わなくても良いだろうが!全く、失礼な奴め…。
まぁ、確かに見える…けど。
そうか…。そうかぁ…。
「紫紡…。」
「? しおう?」
「アイツの呼称だ。あの…子供の。……知らずに、会話で突破したのなら……大した判断力だな。フン。」
そうか?なんというか、無駄口を叩くなと叱られるとは思ったけど…褒められるとは思ってなかったから。
なんというか、嬉しい。いや……。ううん。
嬉しいと言うよりは、場違いな場所に放り出されたようなむずむずする感じだ。
「しおう…紫紡、か。そう言えば、」
「言っておくが…俺に名前なんて高尚な物、は…無いからな…」
お前の名前は?
そう続けようとしたところで、被せるように絶妙なタイミングで男が口を開く。
高尚な、と言う所にご丁寧にアクセント付きで。
「名前というのは、ポケモンにとって…その。嫌な物、なのか。」
「名付け…と言うのは、ポケモンにとってはその主の所有物になったも同じだからな…」
「? ……主、とかはまだわからないんだが…その考えはおかしいと思うぞ?」
「……ほう。」
「だって、私はアンだけど、別に母親の物になったつもりも無いし、それ以上に人間人間言われる方が、気に食わない…。ぞ。」
「…………」
だってそうだろう?
名前、と言うのは、だって、服従の印でも支配の印でも無くて。
この世に生まれて初めて与えられる、誰にも奪われる事の無い、自分だけのもの。
たった一つ。自分、その物じゃあないか。
「………そうか。」
そうだな。
男が呟いたのと、やっとの事で赤い屋根の建物に辿り着いたのは、殆ど同時だった。
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