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私の宣言を聞いた少女が、ゆっくりとこちらを向く。ぱちぱちと睫毛がまたたくその目に、もうあの圧力は無い。

再びあの、深く濁る深海の瞳だ。


「………あなた、だれ?」


………おう。今か。今更か。


「入った、の。見てない。」


心底不思議そうに言った少女は、もう最初のぽわんとした雰囲気に戻っている。少しだけ、ほっ。
『入ったの見てない』……ってことは、もしかしてこの子は出入口の見張り的な役目を果たしているのかもしれない。
それなら確かに、そうだよな。見てなくて当たり前だ。だって私自身がいきなり中に現れた、ってか飛んだんだから。


「…………。うーん…私は、なんていうか、初めから居た、っていうか…」

「初めから、居た。………つまり、脱走?」


うーん、脱走ってのとも違うと思うんだけどなぁ…。元々収容されたりしてたって訳じゃないんだから。
日本語力のアレな私にはなかなか説明が難しいと言うか…ふぅむ…。


「それとも違うんだけど…なんて言えば良いかなぁ…。ここには居たけど、ここの奴じゃない……って感じ…」

かなぁ〜?
こてん、顔を傾けると同じ方向に相手も無表情のまま顔を傾ける。………なんか。なんだろうこのそわそわする感じ。こんな場合じゃないのは分かってる…けど…うずうず…うずうず……。えっへへぇ〜、楽しくなって来て逆に倒すと後追いの様にこてん。それはそれはほわほわとした仕草で……かわっ……かわっ……、

「かっわいい………っ!」
「……かわ、いい?」こてん?
「〜〜〜っ! おい見てみろよお前、コイツほんと……お前と違って可愛げあるぅ〜〜っ!!」


くぅ……この、無垢!って感じ…っ!思わず隣の頭をバシバシ!したら、ギリギリと足を踏みにじられた。テメ……本当に大違いだなこの野郎!
最近、っていうかここに来てから頭の悪い奴等とか捻くれた奴とかしか相手にしてないから……凄く…愛しいぞ……。胸キュン、って奴だな…。燃えたぎった衝動のままに頭をわしゃしゃしゃ!うい奴め!
……お?なんだなんだ?そんな吃驚した顔して……可愛いだなんてそんな事初めて言われた?

「……ほんっとここの奴等見る目無いな、お前みたいな奴をずっと外に出させっぱなしだなんて。」
「……、……?」


こてん、首を傾げられる。
なんでそんなことを言うのか分からない。そんな雰囲気だった。……私、何かおかしな事を言ったかな。
首を捻って唸っていると、隣の男に束ねた髪をぎゅっと引っ張られた。おっ、おう?
………はっ!そうだ、道草を食っている場合では無かったんだぞ。


「……っと。とにかくそう言うことだ、こいつは、私と一緒に外に出る。だから、あけてくれないか。」
「……判断、できない。わたしの、仕事は、許可のないものを通さない、こと。」
「………」
「……そのために、力づくで、止める。ことも、ある。」


……でも。
そう続いた言葉に、ゴクリと飲んだ生唾が引っ掛かった。
でも……?


「あなた、とは。戦いたく、ない。……そう、思ってる。」
「………」
「………わたしが、命令、されたのは。人間の、許可のないポケモンを、通さない、こと。だから……あなたが、連れてく、なら、かまわない。」


構わない、という訳は無いのだろう。事実一回は渋ったのだから。
それでも、こじつけてでも通してくれようとしている。それは、とてもありがたいことだと思った。


「ありがとう。……ありがとうな。」


もう一回撫で撫で。
深海の瞳が、ゆらり揺らめく。
思わず、だった。

「なあ、お前。一緒に来るか?」

揺らめいた瞳が、なんとなく寂しそうだと、感じて。咄嗟に声をかけてしまっていた。
でも、咄嗟に思い付いたことだけれど、これはとても良い思い付きじゃないだろうか。この男が言うにはこの会社、ろくな物では無いらしい。ぱっと見この女の子にこの会社に対する不満は無いように見えるけれど、それでも。もしかしたら。


「…………ううん。」


……とは、思ったのだけど。
返って来たのは、意外というかそれともやっぱりと言うか、否定の言葉で。


「わたしの、仕事は。ここを、まもること。だから、いけない。」
「……そっか。」


こいつがそう思うなら、しょうがないよな。

「じゃあ、またな。」




撫でていた手を放して、街の中に歩き出した。


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