2



そして、廊下を走り抜け、やがて見付けた階段をかけ上がるにつれ。蛍光灯の灯りではない、ごくごく自然界のそれに近い光が、量を増してゆくのを感じた。
出口が近いのだ。

………って、んん?


「ひ、かり……?」

今って、夜中じゃ無かった…っけ、いや待て。その前にもっと大変な事があるじゃないか。今の自分の格好をよく考えても見ろ。
ハーフパンツに。布切れ一枚。
髪は辛うじて乾いてるが、この格好で外に飛び出して見ろ。
私、死ぬんじゃ無いか…?


「オイ、何をしている。さっさと行くぞ」

「いっ……や、ちょっと待ってくれないか、この格好で外に出るのは少し、」

「………チッ」


え?何?「今更恥ずかしがっている場合か」?


「いやっ、そうじゃなくて、」


凍死するかもって事なんだが、と言いかけている間も出口に近付いて行く。もう目の前だ。……あっ、おっ……ゆ、きは無いからそこまで寒くは無いだろうか、いやでも寒いぞ絶対…でも出ないわけにも……ううっ!こんな痴女みたいな格好では寒さに対する防御はゼロに等し……、


「ぐずぐずするな筋肉女。」
「っ、」

げし!!

背中を蹴り飛ばされてドアに体当たり。どわっ!、ビタン。どてっ!

案の定私の体重を支えきれなかった扉はあくまで自然の法則通りに開いて、体勢を整えるだけの時間もくれなかった。地面に思いきり倒れ込む。


「〜〜〜、……お、まっえ……なぁ!」
「フン。どうだ、凍えるか。」
「……え……?」


後ろから降りかかった男の言葉にふ、と意識を寄せれば、体に当たる光に寒さは感じない。いや、それどころか寧ろ……、


「………暑、い……?」

「フン。」


バ、と空を見上げるとビル群の隙間から見える雲は遥か遠く、入道雲。青と白の強烈なコントラストが目に焼き付いて、明らかにこれは──真夏の気候。


「ど、どういう事……」

「……説明は、後だ…取り敢えず、離れるのが先だろう。」


男の声に、はっと我に返る。そうだ、まだここはビルを出たばかりの所で、決して油断をしていい所ではないじゃないか……!。どうやら余りにも簡単だった、
"どうしてだか"、
"あの二人以外に追っ手が来ず"、
"その他のセンサーも作動する事無く"、
終わった脱出に、少し気を抜きすぎて居たらしい。自分でも気が付かなかったけれど───余りにも順調に行き過ぎて。

すまない。一言呟いて立ち上がった。ビルの隙間から覗く青空に、物珍しさに再び目を凝らす。
天気の凄く良い冬とか、そういう晴れでは無くて。見れば分かる、……本当に、夏の空だ。


「……?」


ふと、自分の失態に何にも反応が無い事に違和感を感じて振り返る。ううん、コイツなら文句の一つぐらい言って来てもおかしく無いと思うけれど…。

その疑問は、振り返った先で目に飛び込んで来た光景に乱暴に払拭されることになる。


「………、」

「…………お前…!?」



胸を鷲掴み、

片膝を地に着いて、


──只でさえ白い顔色は、血が抜けてしまったかのように真っ青。


顔は地面を見ているため、表情こそ見え無いものの、汗がふつふつと頬に浮いている。


「だ、っ……、」


駆け寄るその時になって、そう言えばまだ名前も聞いていない事に気が付いた。そうだ、私、こいつのこと、何にも知らない。

……聞きたいこと、知りたいことは山積みだけれど、何はともあれ先ずすべきは手当てだろう。


「大丈夫かお前!」

「……触るな…、」

「いや大丈夫な訳無いよな、取り敢えずこっから離れるぞ。立てるか。」

「………話を聞け、……もう……外に出れたんだから、放っておけば…良いだろう、……恩着せ…がまし…」

「ああもう、そんな事言っている場合じゃないんだぞ!……ほら、掴まれって、」

「…………」


何も返事が無いって事は、手助けしても構わないという事か。コイツの性格からして、人に物を頼む言葉なんて言いそうにも無いからな。と、都合の良い解釈をして側に屈む。
都合の良い解釈だが、でも確かに、借り作る位なら死んだ方がマシだとでも言いかねん。わはは。

脇の下に、肩を差し込ん……でっ。…っと、よいしょ。肩に手を回して、持ち上げる。
抱き上げたりしても良いんだけど、その場合コイツは心底嫌がりそうだからな…。変なところでプライド高いし。


「歩くぞ。」

「………ってに……しろ…」

「おう、言われなくても勝手にするぞ。どっちに行けば安全だ?病院……とか……。」




「───病院って、なに。」




「ん?病院ってそりゃあ、こう…清潔で、傷の手当てしたり…」

「きずの、手当て。」

「ああ、他にも病気を診てもらったり……するんだけど……。」

ぴくり。

不意に聴こえた聞き覚えの無い声に、肩に乗せた男の手が、引き攣るように反応した。
言いたいことは、嫌な位はっきりと伝わって来た。

このタイミングじゃ、"追っ手"が来たとしか、思えない……じゃないか……!

突然の乱入者に、慌てて顔を振り向けるそれよりも早く、

たぅんっ!

と地を蹴る音。

ふっ、と風が吹いて、気が付いた時にはすぐ目の前をぶわりと膨らんだドレスが舞った。

その跡を追うように、菫色の絹髪が滑らかにたなびく。
……き…きれ〜、だ、なぁ〜……!


「あなた、」

呆然と口を開けていると、沈んだふわふわドレスがちょこんと立ち上がった。

ぼうっと開いた目は、静かな暗闇の色。穏やかな深海の色。その周りを髪と同じ色の長い睫毛が縁取っている。


「だれ?」

こてん。
お人形さん、みたいな……みたいな。そんな可憐な少女が、私の、私達の目の前で首を傾げた。


[] BACK []






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -