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「なにを、」
私の動揺は、堪らず発したその声のかすれ具合が何よりも正直に表していただろう。思わずその震えに怯み、口を閉ざしてしまう。自分らしくない、ああ、こんなしおらしくなんて、柄でもないのに。
ごくり、唾を飲み込んでもう一度。
「何を、している。」
「ん。」
ちゅっ。ちううっ。
壁に追い詰められてへたり込んだ私の、その爪先を咥え込んだ男が、ちらりともこちらを見ずに返事を返す。返事と言ってもそれは、返事とは言えないようなおざなりなもの。
足首を掴まれて軽く持ち上げられた指先はべっちょりと男の唾液で粘ついている。
困惑と緊張で堅く莟められた部分をほぐすように、閉じられた指の隙間から舌を差し込もうとしているのらしい。舐めて、吸って、時には軽く歯を立てて。
強く固められた爪先を、まるで縒られた縄をほぐしていくように、丹念に。
「こ、のっ……!」
ちゅぷる。しっかと握り締められた足首をほんの少しずらして、少しだけ笑んで彼は言う。
「嫌。」
がつんと、別に殴られた訳でもないのに目の前がちかちかと火花を散らす。
思い切りビンタされて、その痛みだけがどこかに捨て去られてしまったようなそんな感覚。それだけじゃあない、彼が一言呟く度に、濡れた爪先に生暖かい吐息がぼわぼわと触れて頭が真っ白になる。
じんじんと目眩う頭を、必死で堪える。
「やめろ、」
「…………」
「汚いから、」
「…………」
ちかちかと眩む世界でうわ言のように呟いていると、持ち上げられた足先の、せの足裏と親指の付け根の小さな隙間から、つうっと生暖かい何かがふくらはぎを伝って裏腿へ流れ落ちた。
血が欲しいと。血が欲しいと彼が言って、私は仕方がないなとそれを諾して。私は諾して、それで。わからない。わからない、どうしてこうなっているのか。
私にわかるのは、考えられるのは、ぎゅうぎゅうと固く力を込めている筈の指先が、段々と力を緩めはじめていると言うこと。ひくひくと引くつくように、脱力と抵抗を繰り返す。
「や、」
「なんで」
再度の苦情を申し立てようと口を開いた瞬間、被せるように言葉が発せられる。
思わず黙りこんでしまった私は、苦情を続けることも忘れ、ただ漫然と彼の目を眺めた。
「なんでイヤなの?」
汚いから、そういいかけた口に、まるでお喋りな子供にするように人差し指をそっと押し当てられる。
完全な子供扱いに、かっと顔の体温が上がる。同時に塞がれた言葉が頭に後戻り、汚いから、彼はもしかしてそうは言わせたくない?
わからない。コイツが、何を考えているのか。
私にはまるでさっぱりだ。
「ね、杏ちゃん」
「……なんだ…」
「俺のことさぁ、嫌いになった?」
「っ、!……そんなこと、」
「じゃあ。」
嫌いになった。その問いに自分の疚しい思いを見透かされた気になって思わず弁解した瞬間、それすら見透かされたように更に言葉を重ねられる。
「じゃあ、許してあげない」
ああ、もう。
諦めてしまおうか。
目を閉じて、くらり、ほどける意識に身を任せた。