「ね、どうして逃げるの…名前ちゃん?」

そう目の前で微笑む吹雪が怖いから、に決まってるのに。そんなの本人ですらわかっていながら、私に詰め寄る。むしろ面白がっているかのように、いや確実に。
白い部屋で、白い壁に縋り、白い天井に助けを乞うて、視界がじわりと歪んだ。まばたきの手前の世界では吹雪だけが色を帯びていた。

「逃げても無駄だよ?」ねえ、僕の気持ちに応えてよ、悲しそうに言わないで。さっきまでの愉快そうな顔が歪むから、私はうっかりその頬に手を伸ばしてしまう。
割れてしまいそうな白磁を撫でつけるようにやんわりと。その行動が過ちであることに気づいてもそれは、とうに手遅れ。
先もひらも冷えきったてのひらが過ちを犯した私の左手を捕らえる。
吹雪はそれを一度倖せそうに見つめてから私を見て目を細めた。
手を引いてしまえばよかった、そんなに強くはつかまれていないのに、私は儚そうなその行動をどうしてか拒絶できないでいる。

「だいすき、なんだ」
「は、はなして」

絞り出した声でそう訴える。「嘘ついちゃって、かわいいね。名前ちゃんは」熱を奪われるだけだった手首が熱を帯びた。ちゅう、と音を立てて吹雪が吸いつく。だんだんとそこは赤を持ち始める。

「欲しくてしょうがないんだ。怖がる顔も嘘つけない体も、名前ちゃんが全部」
「だからって、」
「すきになってよ」

消え入りそうな声で呟くままに荒々しく私の呼吸を止めて、長く触れたあと離れていく吹雪をきゅうと抱きしめてしまった私はどこかすでに染まってしまっているのだろう。彼のように白い部屋に見合わないイレギュラーになって、しまっている。





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