※ヒロイン中学生、白石高校生、お姉ちゃん大学生(公式姉妹発表前捏造)



私は泣かなかった。
私が泣いたらお姉が可哀想だと思ったから。お姉だってそうしたいだろうに泣くのを堪えているから。一番下だからといって甘えちゃいけないと思った。もしここで私が崩れたらお姉は一緒になって泣いてしまうかもしれない。それはそれでいいかもしれない。お姉ちゃんだって女の子なんやからおとんのこんなんは辛いはずだもの。けど私が最後までそうせずにいたのは蔵兄だけは最後まで我慢しなきゃいけないんだろうな、って思うと胸をきゅうとしめつけられるような気持ちになるから。

こそこそ。ひそひそ。

「妹さん受験生やのにね」「お姉ちゃんは今東京で一人暮らししはってんねやろ」「せやけど可哀想に蔵ノ介君こんままや就職せなあかんとちゃう?」「折角の跡継ぎやったんにまだ高校生やな」親戚とかのおばちゃんたちがこそこそ話してる。蔵兄たちの席は少し離れているから聞こえてないだろうけど私には少し聞こえる。

「あの、」「ん?」「可哀想って言わんでください」「せやんな、ちぃちゃいんに頑張っとるもんな。堪忍な」「ちゃいます。蔵兄んこと可哀想て言わんでください」ぺこりと頭を下げておばちゃんらから離れると「ほんまお兄ちゃん子やなー」って聞こえる。そんなんじゃない、誰が見たって蔵兄はいちばん辛いはずだから。家でもどこでも蔵兄だけは泣かなかった。なんだか目の奥があつくなって、鼻のあたりがつんとした。

やばい、私はこそりと抜け出して外の空気を吸いに行こうとした。どこだっていい、とりあえず誰にも気付かれない場所へ。

途中、洗面所にさしかかったとき聞きなれた声がうわずっていた。謙也くん、かな。謙也くんもよくウチ遊びに来てたもん、辛いよね。こうやって蔵兄にばれないようにしてくれてんだね。後で氷詰めてきて渡してあげなきゃ。今すぐでもいいけど謙也くんも見られたくないだろうし、だいいち私が今そんなところを見たら一緒になって泣いてしまって、きっと私を泣き止ませようとこらえてしまうから。困らせてしまう。迷惑かけてしまう。そんなのは、だめ。気持ち足早に洗面所の前を通りすぎる。
鼻が、詰まる。
外の空気だって吸ったってもうどこが違うのかもわからない。


「おう」
「なんや、財前くんか。なした?」「俺ん台詞。泣いたらええやんけ」
「私全然平気やもん」「部長泣いてへんもんな」
「蔵兄、は強いから」
やめて、構わないで。逃げるように財前くんから目をそらせば逆に逃がさないと言ったように財前くんの左手が私の右手首を掴む。「ちょお外。付きおうて」そう財前くんは前を向いて言った。嘘だ、財前くん今戻ろうとしたからこっち来たはずなのに。どうして蔵兄の仲間はこんなにもみんな優しい。





蔵兄が、蔵兄が。あいつはいつも部長だからきっと今日も我慢してんだろうと思えば案の定。なんだあの顔。堪えてんのバレバレにも程がある。
あれじゃ部長も逆に申し訳なく思うだろうに。本人はいやに必死だから皮肉なモンだ。
しばらく様子窺ってみたら親戚の人たちだかとなんか喋ってる。「蔵兄んこと可哀想て言わんでください」必死だこと。なんでか少し気分が悪くなって外に行った。途中ぐずりかけた謙也さんがいてキモいの一発でもかましてやろうかと思ったけど今日だけは勘弁してやろうと思ったから「しゃーないすわ」とだけぼやいといた。なんか言ってたけど泣くの堪えながら(ちゅーてももうほとんど無意味やったけど)だったからよくわからなかった。

近くの自販で水買って飲みながらチャリ置き場の辺りでしゃがむ。あいつはまだ我慢してんのか。鼻をかすめる渇いた匂いが思い出させる。
あないに必死なんに。あいつ部長のことすきすぎやろ。基準の限度超えてる。知ってんやろか本人は。多分誰も言うてへんのやろ、あいつは部長の妹なんかじゃない。本当は俺んとこの姉と同じ。まあ名目上の扱いなだけだけど、姉と俺のがまだ関係ある(兄貴の嫁さんって位置は立派な血縁関係になるし)。部長とあいつは本当に遠い。
せやからあないに懐くのもー…てなに考えてんだ。兄妹なかいいのはいいこと。

そろそろ戻るかと腰をあげたついでに周りをみればその本人がいた。

「おう」
「なんや、財前くんか。なした?」
なにがなした?やっちゅーねん。さっきより酷い顔してる、数分もすればさっきの謙也さんみたいになるんじゃないか、というより心の中ではもうあんなんだろう。

「俺ん台詞。泣いたらええやんけ」
「私全然平気やもん」
嘘ばっか。不謹慎だけど泣かしたくなる。

頑固なん崩すには不本意ながら
部長のことしかないから。

「部長泣いてへんもんな」
「蔵兄、は強いから」
そう言って少し口元が歪む。奥歯でも食いしばってんだろう。わかりやすく視線そらしてどっか行こうとするもんだから反射的にその細っこい手首を掴む。

「ちょお外。付きおうて」

もう戻ることも億劫だ。


「財前くん、離してや」
「泣けや」
ぐずぐず鼻鳴らして「平気やもん」蚊みたいな声で言われたって真実味も説得力もない。というかなによりいちいちムカつく。部長部長て、なんやの?で、なして俺はいらち湧いとるん?色々気にくわない。

「つらいのは「部長やから自分は泣かへん?そん自分の顔見た部長はもっとツラなるっちゅーねんドアホ」
観念したかと思えば歯ー食いしばってあまつさえ丸めた指ガタガタ言わせて。いじめたい訳じゃない。わかってる。言ったら嫌われる。わかってる。だけどこいつは部長しか見えてないしいいかと割りきればそれまで。

「部長に惚れとんの」
「蔵兄は…お兄ちゃんで…だから、」
「実兄とちゃうのに?」

驚くやろ、泣くんとちゃう、なのに目も丸めず逸らさず「知っとる、ずっと、前から」ああじゃあなんや、言い聞かせて気持ち圧し殺してとか、そんなん。バカみたいやと自分を一回嘲笑って思った、手に入らんなら壊してやろか。この場にこの時に相応しくないそんな、醜い感情。「もうええわアホとちゃうの、泣けや、部長見てへんし、言わへんし」
ぎゅうと小さい頭を胸に押し付けるように閉じ込めれば、湿る感触と聞こえ始める声。寄りかかる細っこいそれを一度だけキツく締めて、嫌いでいいから最後に一度くらい抱きしめくらいさせろ、なんてまたくだらなく滑稽な感情をここに捨てて行こうと思った。





泣いて泣いて、それはそれは記憶にないくらい久しぶりに人前で泣いて。財前くんの不器用さがあったかくて、緩ませないと思った涙腺は簡単に緩んだ。一回だけ苦しくなった。財前くんの腕がぎゅうと締まった。私が嫌いで財前くんはあんなことを言ったんじゃないな、憎まれ役をわざわざかったんだろうな、つらいなら一気にって思ったんだろうな、って苦しくなった。
一つだけ勘違いされたなって思った。私はたとえ養女でも家族全員を慕っていてそれだけのことで、今回もお父さんのことがつらくて、家族を思った結果で。たまたま蔵兄とは学校でも一緒だったからその辺の仲が違って、くらいで。悪い子かもしれないけど本当はね、蔵兄の仲間にすきな人がいてね、だから感謝してたり、なんて。
財前くんすきや、って今言いたいなって。でも財前くんが私の為にこんなにしてくれて、うぬぼれかもしれないけど財前くんも同じ気持ちかなって感じがした。だから私はもう財前くんの為に、言えない。

家族も、すきな人も、さよならって思ったら涙がどうしても止まらなくて、それを理由に最後くらい抱き締められてたいななんて思ってしまった狡い私をどうか、許して。



密葬
(俺の感情の代償にこいつの部長への想いも消えるんやったら)(私の感情の代償に財前くんがもう悩まずにすむなら)(それはお誂え向きな日なんやないかと)









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