よく雨の降る灰色の空の日だった。
その日の銃器取り扱いの授業は火薬を使う日だった。火薬を取り扱うにもこの湿気、影響がないわけはもちろんなく、班によっては悪戦苦闘する人もあった。その日はたまたまエスカ・バメルと同じ班だった。慣れた手つきで銃器を扱う、湿気の影響もあったかもしれないものともせずにさすがは優秀の括りに入れられる人物だと思った。その割に鼻にかかったような態度はなく、生意気ささえ人徳といったような人当たりのいい性格で話すことも割りとあった。苦手な授業が楽に済ませられた。
そう安堵した頃に煙たい感覚がした。
教官は驚き救護室へ煙を立たせた、いや発火により怪我を負った人物を向かわせた。驚くのも理解できた、エスカバと並ぶあの秀才ミストレーネ・カルスが当事者だった。

結局その日最後の授業までミストレが出席することはなく、いやに心配する教官が「医療を志して居るのだろう、様子を見てきてはくれないか」私にミストレの様子を見ろと命じた。女子たちはちらちらと私を見たけれど睨まれたり言い寄られたりはしなかった。良くできた親衛隊だと思った。

救護室にいけばベッドは空だった。「すみません、ミストレは」
「あの…目を離したすきに出ていってしまったみたいで」

良く見れば脇に靴が揃えられていた。あの綺麗好きなミストレが靴を置いてどこに行こう、近くにいるはずだと救護室を出た私はなぜか渡り廊下の半ば入り組んだ部分のうすら錆びたドアを開けてざあざあと叩きつくような音を聞いた。地につづく赤い階段を降りる途中、プロムナードの入り口に人影を見つけた。雨に濡れた背中は一瞬うたがえどミストレのものだった。素足で敷きレンガに立っている。
階段の隅、屋根のかかる乾いたコンクリートに無造作にブーツを脱ぎ捨てて私は歩き出す。振り向かない背中に「怪我に悪いよ、この雨は」かけた声は通っただろうかミストレから返事はない。

「ミストレ、聞こえてるなら」
「聞こえているよ。ミス・名前」

それから言葉を失ったままの空間をぽつりミストレは揺らし始める。濡れた背中は何も語らないと思ったのは間違いだった「今朝。母様が、息を引き取ったんだ」ミストレは確かに淡々とそう口にした。震えているように見えた。泣いているように見えた。跳ねる飛沫を気にせず近づいた私は背丈の変わらない肩を後ろからぎゅうと抱いた。何故だか知らない、この子は今慰めなきゃならないそんな気がした。

「寂しいときは寂しいってつらいときはつらいって、それは、誰でも口にしていいんだよ」

確かに腕が濡れた気がした。暖かい雨で濡れた気がした。「置いてかれるのは、嫌なんだ」ミストレの声が雨音に消えて行ったときにそんな気がしたのだ。




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