眠り方を教えてください






巨人の去った草原に立つ背中は、何時もより一回り程小さく思えた。雲間から差す光は、物質的には失われても変わらず彼の髪を一本一本透かしている。草花の間をくまなく吹き抜けるように、風が地面を縫って走る。それが、本当に、本当にきれいで。脈なき生命にも隔てなく注がれる自然の所業に、心打たれた。


「ミケ」


何度目かで漸く彼は振り返る。ああ、何も、何も変わっていないね。近づけば傾く首の角度が、そんなものが、何だかひどく懐かしかった。




「 名前、か」


「久しぶり」




私たちは暫し、ミケの亡骸があるはずの場所を凝視めた。





「血腥いな、」



「何度でも嗅いだ筈の匂いなんだが、こうも」





「 俺は、」




俺は、死んだんだな。






恐らく幾度だって喉の奥で繰り返した筈の、答えだった。






「そうだよ。」



「あっけないものだな、人と云うのは。」




地平線へ目を上げた彼は然し、頭の中で、遺したものへ懸命に想いを巡らせているに異いなかった。死んだ直後とは思えない程に落ち着いているけれど、息が詰まるほど、その眸は昏い。困惑や悔恨や燃焼しきれなかったものたちが入り雑じって、その穏やかな表情の被膜の下で巡り巡っているのが、手に取るようにわかった。






「終わったんだよ」



「何も終わっちゃいない。終わらせられなかった」



「わたしはわたしの、ミケはミケの為事が、終わったということなんだよ。」






わたしたちは、其々の役割を肉体に帯びて産れてきた。課せられた数も、深さも、色合い、重さも、誰ひとりとして同じものはない。

出逢うべきひとと出逢い、愛し、守り、希望となり、庇い、引き継ぐ。定められた時間のなかで行われること。どんなに然り気無いことも、自分だけに課せられた、世界を構築していく為の、役割なのだ。時にはエレンみたいに残業のようなことをさせられる者もいるけれど、無数の生命が連鎖して創り上げる世界というもの、時代と云うものの、その一端を、わたしたちはひとつの歯車として、全うしたのだ。





「あなたはあなたのすべき為事を、余すことなく果たした。だから、こうして、終わることを赦された。」



ミケは髭を撫でながら、凝っと考え込んでいるようだった。然し、その目にもう、闇はない。





「…そうか」



「そうだよ。」



「もう、闘わなくて、いいのか。」




「うん」




「それで、名前は、俺を迎えに来てくれたんだな。」




「 うん、また、ミケに抱きしめてもらいたかった。」







首筋の辺りで彼が深く呼息を吸い込む。大きな身体に抱き込まれ、漸く涙が、溢れ出した。







120317 mos



眠り方を教えてください/by joy様


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