塗りかえられたカンヴァス


小舟が波に揺らいでいる。幾つも並んだそれが、からからと肩をすり合わせて揺らいでいる。遠くに、群れたカモメが見える。薄い水色に甘くちらつく白と黒。開放した窓からぶわりと入りこむ、冷たくて透明な風。この青白い時間帯が、わたしはいつだって好きだった。古く色褪せた窓枠に肘をついて、わたしはひとり。この世界に、たったひとり、ああ、何という自由!そうして、遠い遠い海の向こうへ想いを馳せるのだ。




海賊の女にでもなってしまおうか、って思ったこともあるのよ。小汚くて酒臭くて、体に傷ばかり作って、女にも手をあげるようなだめな人についていって。それでも決して縛られないで。何にも考えずにふらふら生きてみたいって。でもやめた。






なにもかもがちがう。


そんなあやふやなものを、
私は天秤にかけられない。







「潮時とはよく云ったものね」




清潔な朝に翻る黒と舞う赤のコントラストを、わたしはもう、この青白い世界に見つけることはないだろう。窓の下、石畳に立つ彼は、僅かに眉を下げ微笑んでいた。わたしも微笑み返した。彼がひらひらと手を振った。わたしもひらひらと振り返した。夜には帰る恋人を、ほんの一時の淋しさを噛みしめ見送る女のように。





小舟が、波に揺らいで、古びた縄がそっと千切れた。



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