私へ〜After Story〜

君の知らない物語の続きです。そちらから先に読んでください。







ポストを覗くと、懐かしい封筒が。
それと来たいつくかのハガキやDM、チラシを取り出して、エレベーターに乗って、降りて、ドアの前に立って、鍵を取り出して、鍵穴に刺して、回して、ドアを開けて、家に入る。
部屋着に着替えたあと、ベージュの、二人で決めてかった柔らかなソファーに腰掛けて、そこでやっと淡い黄色いストライプ柄の封筒の封を切った。

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拝啓 坂本 千夏 様へ

お久しぶりですね。こうやって未来の私に向かって手紙を送るのは。
本当に久しぶりで、少しワクワクしています。
今は何をしていますか?元気にやっていますか?私のやりたかった雑誌の編集者にはなれましたでしょうか?どんな職に着くにせよ、疲れて倒れては元も子もありません。身体には気をつけてくださいね。
さて、時が経つのも早いものです。
"あの日"から、もう一年が経ちました。
あの決別から、半年経ちました。
みんな別々の高校にいって、別々の生活を送っています。
私は秀徳で、緑間くんと一緒です。高尾くん、という男の子と仲良くなりました。とても気さくで、話しやすくて。
そして緑間くんが高尾くんになんだかんだ心を開いているんです。
本当にびっくりしました。
って、私だから当然知ってるか。今も仲良いですか?大人になった緑間くんと高尾くんに会ってみたいなぁ。
とまぁ、私は普通に普通の高校生ライフを楽しく送っています。

ところで、あの気持ちを、まだ私は引きずっているようです。
未来の私は、ちゃんと諦められていますか?
今は無理でも、いつか私が大人になったら、おばあちゃんになったら、綺麗さっぱり、忘れることが出来るのでしょうか?

でも、本当にこれでよかったのかな?
…こんな事、言うべきじゃないね。
こんなこと言うから、また思い出して今いました。
いまでも、たまにふっと思い出しちゃうんです。
諦めるって言ったのにね。
……中途半端なところだけど、お母さんに呼ばれたので、ここまでにします。
それでは。

かしこ
坂本 千夏
××××/××/××

P.S.
この前、道端で彼に会って、今度参加するらしいファッションショーのチケットを渡されました。今行くと止まりそうにないので、同封しておきますね。そちらで処理してください



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そう書いてあって、あぁ、そんな事もあったな。と思いながら日付が八年前になっているチケットを封筒から取り出し、眺める。すると、後ろから聞き慣れた声がした。
「あ、それ…やっぱり来なかったんスね…」
振り向くと、ちょうどメガネと帽子を外して、キッチンから出て来た彼と目が合った。
「いつ帰ってきたの?」
「ついさっきッス。千夏、真剣に手紙読んでたッスから、邪魔しちゃ悪いかと思って。はい」
そう言って、彼ー涼太はローテーブルにカフェオレの入ったお揃いのマグカップを置いた。
「ありがと」
「ところで、」
「なぁに?」
涼太はわたしの隣に腰掛けて、肩に頭をコテンと預けた。
「ショーには行かなかったのに、そのチケットはまだ持ってたんスね」
「手紙と一緒に送られてきたの」
ひょい、と私の手からそれを抜き取り、懐かしい、俺、これが初ファッションショーだったんスよ。なんて言って眺めて、そしてあれ?というようにこっちをまじまじと見てきた。
「送られて来たんスか?どこから…」
「過去、かな?」
「………過去?え、過去からッスか?」
これがッスか?俺の聞き間違いかな?そんなファンタジーなことって…なんていいながら私とチケットを見比べる姿をみて、私はくすくすと笑う。
「ちょっ、千夏!何笑ってるんスか!」
「それね、お母さんから送られてくるの」
カフェオレを一口、口に含み封筒に目と落とす。
「昔ね、ふざけて未来の自分に手紙をかいてたの。それで気づいたら習慣になっちゃってて…。それで、一人暮らし始める時に持ってこうとしたんだけど、かさばっちゃって…」
「かさばるって、どれぐらい書いたんスか…」
「うーん…ざっと100通ぐらいかな?」
「そんなに書いたんスか!?」
「まぁね、で、まぁ、一定の期間を開けて、一通ずつお母さんに送ってもらおうってなって、ね、」
「へぇ、ちなみに今回の内容はなんスか?」
そう言いながら、ひょいと私の手の中から封筒を抜き取る。
「あ、ちょっ、涼太!」
背が高い彼はそれを利用して、高いところで手紙を見ている。
私はあまり見られたくない内容の上に、恥ずかしい物なので、ぴょんぴょんと彼の周りを飛び跳ねて、手紙を奪還しようと努力していたのだが、どうやら無駄になってしまったようだ。
手紙を読み終えたらしい彼は、無言のまま私に手紙を返してソファーに座った。
「涼太?」
「千夏、」
不思議になって、声を掛けると、彼は私の名前を呟いて、私の手を引いて来た。
「う、わっ」
「千夏、」
彼の膝に座られてて、後ろから抱きしめられる。
「千夏、」
何度も何度も私の名前を呼ぶ彼がとても小さな子供に見えて、私は彼の頭を撫でる。
「なぁに?涼太くん」
「千夏は誰のことが好きだったの」
「……………」
「黙ってないで、何か言って」
「……………」
「俺は、ずっと好きだったんだよ。中学のときも、高校の時も、大学に入っても、誰かと付き合ってもふとした時に千夏の顔が浮かんできてさ、どうしようもなくて。でも、千夏には、好きな人がいるって、だから、俺は…」
久しぶりに変な語尾が抜けた彼を見た。告白された時以来、だ。彼は、彼らしくもなく、切なげで、何かにすがりつくような弱々しい声で話しかけて来る。痛いほどに、彼からの気持ちが空気を通して私の耳に入ってくる。
「そう…」
私はというと、両片思いという現実に悲しくなったり、胸を震わせたりで、なんとも言えなくて、震えた声で、精一杯の言葉を探したのだが、それしか出てこなかった。
それしか答えない私を見て、彼は抱きしている腕をさらにきつくしてきた。力加減はできている。今回は潰されずに済みそうだ、なて冷静になった頭の片隅で思う。
「ねぇ、千夏。千夏の好きだった人は、諦めきれないほど好きだった人って、誰?その人、今でも好き?」
「うん、好き。諦められなかった」
そう言って、私は彼の方に振り向いた。
彼のそのびっくりした、悲しそうな顔が可愛くて、少し意地悪だったかな、なんて思いながら彼のその薄い唇に私のを重ねた。
すると、彼はさらにびっくりして、これでもかというぐらい目を見開いて、まじまじと私を見たかと思ったら、眉をハの字にして私を見た。
「俺は、その人の穴埋めってことッスか?」
口調は戻っていた。
私はクスリと笑って見せた。
「まさか」
そう言いながら、私は彼の首に腕を回した。
「その人がこうやって目の前にいて、抱きしめているのに、諦めてどうするの」
ポカン、としている彼が愛おしい。
「だからね、私は今すごく幸せなの。………涼太?」
ちらりと見えた耳はものすごく赤かった。彼はその大きな手で顔を覆っている。
「あー…俺も、幸せッス。」
「諦めようとして出来なくなって戻ってきたぐらいなんだからね!私を大事になさい!」
諭すように彼から離れてそう言うと、彼はとても無邪気に笑った。
「当たり前ッスよ!一生大事にするッスよ!」




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拝啓 坂本 千夏様へ

こうやって送られてきた手紙に返事を書くのは初めてで、ドキドキしています。
私はとても元気です。新入社員の身体測定ではなんと身長がまだ伸びていることが発覚しました。成長期はどうやらまだ終わっていないようです。
そして念願の雑誌の編集者にもなれて、日々頑張っています。まだまだ新人なので、よく怒られていますが、そんなのをいちいち気にしていたら出来ることも出来なくなってしまうので、気にしていません。

ちなみに、あの時の気持ちは諦めていません。
もう少し、頑張ってみてはどうですか?きっと、思いもよらぬ未来が待ち受けていますよ。
おかげて今、私はとても幸せです。
話したい事は沢山あるのですが、今回はひとまず、これで終わりにしようかと思います。
そちらも、風邪を引かないように、気をつけてくださいね。

かしこ
坂本 千夏
××××/××/××

P.S.
今度、結婚することになりました。
無理なお願いですが、今度からは


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「千夏ー!ただいまッス!」
「おかえりなさい」
私は書きかけの便箋を置いて玄関へと出る。
リビングから出る際、私は棚に置いてある写真立てをちらりと見た。
そこには、あの日行けなかったショーのチケットが飾ってある。

「手紙、ッスか?」
リビングに入ると、テーブルの上に置いてある便箋に気づいたら涼太はそれに近づいた。
「うん、昔の私にね。ちょっとした意趣返し、かな」
「でも、書きかけッスね!俺が続き、書いてあげるッスよ!」
そう言って、涼太は色の違うペンでこう書いた。

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黄瀬千夏って書くんスよ!
いくら昔の千夏っちでも、俺の奥さん泣かせたら許さないッスからね!

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「あぁっ!なんてこと書くの!」
「これぐらい、いいじゃないッスか!」
「お豆腐メンタルだった当時の私が読んだら泣きます!」
「どーせ届かないからいいんスよ」
「そーゆー問題じゃないから!これじゃ、って…あれ?」
テーブルの隅から隅まで見渡したが、便箋と、ひまわりの封筒はどこにも見当たらなかった。
「テーブルのしたにもないッスねぇ…」
あんな大きな男が、四つん這いになってわざわざテーブルの下を見てくれたが、何もなかった。
「「まさか…」」
そう二人で綺麗にハモって、お互いに顔を見合わせて、笑った。

お手紙がどうなったのかは想像にお任せします。過去の主人公の元に行ったかもしれないし、ただなくなっちゃっただけかもしれないです。