君の知らない物語




それは夏休み恒例、部活の強化合宿の三日目の夜のことだった。
ミーティングも終わり、自由時間へとうつった途端、騒がしくなる食堂。その中で突然、黄瀬は立ち上がった。
何事だ、バカじゃねぇの、軽く引きましたよ…などと同級生からの目線を気にせず、彼はキセキ達に嬉しそうに言った。
「今夜、星を見に行かないッスか?」

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「たまにはいい事言うんじゃねーか、なぁテツ」
「…そうですね。急に立ち上がったので、やはり頭のネジが何本が緩んでいるのかと思いましたが…」
「うぅ、酷いッスよ!黒子っちぃー!」
相変わらずみんなに弄られている黄瀬くんみて、みんなで笑いながら山を登る。メンバーは黒子くんを含むキセキの世代と呼ばれるみんなと、私とさつきちゃん。
合宿所の管理人によると、どうやら山を少し登ったところにちょっとした天文台があるらしい。しかし、道はちゃんと整備されておらず、街灯もないとのことだった。確かにそうだな、なんて思いながら道を歩く。森の匂いと、月の光、なんだが悪くはないな、なんて。
「黄瀬にしてはまともなことを言ったのだよ」
何の偶然か、今日のラッキーアイテムの星座早見盤を持ちながら、緑間くんかメガネのブリッジをカチャリとあげた。
「緑間の言う通りだ。黄瀬にしてはいい事を言った。しかし、星を見るのは随分久しいな。ここは山の奥だし、田舎だから都会より多くの星が見れるだろう。本来ならば冬の方が空気が乾いていて綺麗に見えるのだが…」
そのとなりには、落ち着いているように見えて、実はすごく喜んでいる赤司くんがいる。いつになく饒舌なのがその証拠だ。
「千夏ちーん、お菓子ある〜?」
紫原君を見上げると、後ろには満天の星空。
「あるよ、ほら」
そう言って肩にかけたトートバックを開けると、これでもかというぐらいのお菓子が入っている。それを見た紫原くんは嬉しそうに、千夏ちん、大好き〜なんていいながらわしゃわしゃと髪の毛を掻き回した。
「ねぇねぇ千夏ちゃん、」
「なぁに、さつきちゃん」
「こんなに暗いとさぁ、出そうじゃない?」
にこにこ、というよりはにやにやと笑うさつきちゃんを見て、私も自然と頬を緩ませた。
「そうだよね、出そうだよね、おば」
「僕は、ここです」
そう透き通るような声がしたと思ったら、私とさつきちゃんの間に黒子くんが現れた。
「「〜〜〜〜ッキャァーー!!」」
「んだよさつき、ただのテツじゃねーかよ」
なんてブツブツ言いながらも、しっかりとさつきちゃんに駆け寄ってあやしている青峰くん。
「千夏っちも大丈夫ッスか?」
心配そうに見おろしてくる黄瀬くんに、ドキッとした。
「だ、大丈夫だよ!」
慌ててそう言うと、ホッとした様子で、私にニコリと笑いかけた黄瀬くんは黒子くんの方へと駆けて行った。
「…ちゃん?千夏ちゃん!」
「っあ、さつきちゃん…」
どうしたの?ぼーっとして。なんていいながらキョトンとした顔で私を覗き込むさつきちゃんを見て、私は慌て誤魔化した。
「さすが黒子くんだよね!誰にも気づかれずに脅かすなんて、びっくりしすぎて、ちょっと放心状態になっちゃったよ…」
「うんうん!やっぱり凄いよね、テツくん!かっこいい…」
そううっとりしながら自分の世界に入って行くさつきちゃんをみて、相変わらずだなぁ、なんて思ったり。



「ねぇねぇ青峰っち…」
「んだよ、黄瀬。ここ1-1できねぇよ」
「いや、違うッス。黒子っち、見なかったッスか?」
「んあ?そいや、テツどこに…」
「ここです。」
「「うわぁぁぁあっ!?」」
「大成功、です」
にょきっ、と二人の間から出てきた黒子くんがドヤ顔でピースサインをした。
「テメ、テツ!おまえざけんな!」
追いかけっこを始める黒子くんと青峰くんを見て、みんな笑っているが、私は道の端でしゃがんでいる黄瀬くんに目が行ってしまう。
バカみたいにはしゃいで、笑って。
ふと立ち止まって、空を見上げた。
何もかも吸い込みそうな真っ暗な空には、点々と星が瞬いている。

好き、あなたが好きです。
なんて黄瀬君に言ったらなんていうのかな?驚く?嫌われる?わかんないや。
ねぇ、どう思う?そう空に問いかけた。
私の言った事が分かったかのように、星がキラリと光った気がする。
それにしても、星との距離が、近い。
「星が降ってきてるみたい」
そんな独り言をつぶやいて、先を行くみんなを追いかけた。


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天文台は小さくて、中に入るとこじんまりして温かみのある雰囲気だった。
レジャーシートを広げて、持ってきたお菓子やペットボトルの麦茶、緑間くんがわがままを言ってトートに入れられたおしるこの缶を置いた。
大きなレジャーシートにみんなで寝転ぶ。右にはさつきちゃん、左には……黄瀬くん。
屋根を開けて、みんなで空を見上げる。
「あれがデネブで、あっちがアルタイル、んで、これがベガッス!」
「黄瀬の癖によくわかったな」
「へへ、この前ロケ行った時にスタッフさんに教えてもらったんスよ。ってか、赤司っち!黄瀬の癖にってどーゆー意味スか!」
ギャーギャー騒ぐ黄瀬のをよそに、私は空をみる。
あれが白鳥座のデネブで、こっちが織姫のベガ、んで、あれ?彦星のアルタイル…どこ?
どう探しても見つからない。これじゃあ織姫が一人ぼっちではないか。
隣を見ると、そこにはまだ赤司相手に星座の説明をしている黄瀬くん。どうやら赤司くんの知らなかった事があったらしく、スタッフ受け売りの黄瀬くんの話を熱心に聞いている。
私にも、いろいろ教えてよ。
なんてことは言えず、私は起き上がって麦茶を一口、心のモヤモヤと共に飲み込んだ。
分かってるんだ。
黄瀬くんはモデルで、かっこよいいからモテてて、周りにはたくさんの可愛い女の子がいて、それに、好きな子がいる。その子は黄瀬くんとお似合いで、私なんかは敵わないって。
まるで離れ離れになった織姫と彦星、ううん、違う。心は通ってない、届かないんだ。こんな私には目をくれないことなんで、分かってるんだ。
そこまで考えると、じわりじわりと目頭が熱くなる。
慌ててレジャーシートに倒れこんで、涙が落ちないように上をじっと見た。
いいんだ、どうせ私は黄瀬くんとはなれない。だから、もういいんだ。
そう自分に言い聞かせた。
そしてそうやって強がる私は臆病者だ。
胸にどんどん広がる痛みに耐えながら、黄瀬くんに興味のない振りをして、ずっと目を逸らして。
でも、それもいつかは限界が来る。
そっか、私、本気で黄瀬くんのことが好きだったんだ。
そう気付いた時には、もう、みんながバラバラになった後だった。

どうしたいの?
心の中の私が問いかける。
言ってご覧よ。
黄瀬くんの、
うん、
黄瀬くんの彼女になりたい
うん、
黄瀬くんの隣にいたい。
そっか。
でも、真実って、残酷だね。
残酷だね。
私は、敵わないのに
敵わないの?
うん、敵わない。
当たって砕けろでだよ。
え?
好きって言っちゃえばかったのに
言えないよ!言えなかったの!
もう一度、やり直したいね
やり直したいけど、もう無理
そっか、
だからね、
うん、
「封印」
この気持ちは、もう"封印"。
「好きだったよ、黄瀬くん」
小さな声で呟いた。
「千夏チャン?お前黄瀬と知り合いだったのかよ。さっきそこで会ってさ」
「あ、うん、クラスメイトだったの。高尾くん、早く行かないと緑間くん怒るよ?」
「うわやっべ!千夏チャン、走るよ!」
「ふふ、はーい!」
そう言って、私は秀徳のセーラー服を身に包んで、高尾くんに手を引かれながらそこから走り去った。


今でもふと、思い出すことがある。
あの夏の日のこと。
暑い暑い夏の日のこと。
きらめく夜空の下に集まったこと。
あなたの怒った顔。
あなたの笑った顔。
あなたのびっくりした顔。
全部全部、覚えています。
全部全部、大好きでした。
可笑しいよね、分かってるんだ。
でもね、泣けちゃうの。
私しか知らない、私だけの秘密。
君の知らない物語がね、いくつもの夜を越えて、あの無邪気に笑う君が、私と、あの物語を指差してるんだ。