やがて季節は過ぎ行く

※夢要素皆無。赤司父の一人語り

「父さん、紹介したい人がいるんです」
そう目を逸らし、少し恥じらいながら言う息子に、あぁ、コイツもこの時が来たんだなぁ、なんてしみじみと思った。
息子、征十郎が連れてきた千夏さんは何処かの令嬢とかではなく、一般家庭で育った娘だった。嬉しそうに、そして少し緊張しながら征十郎の後ろについてきた姿が詩織、死んだ征十郎の母、つまりは俺の妻になぜかタブって見えた。
征十郎と彼女を交えて少し話した後に、仕事があるから失礼します、と言って千夏さんと手を繋いで出て行ったのを見送った俺は、革張りの社長椅子に深く腰を下ろした。柄にもなく、精神が酷くやられているらしい。ギシリ、と柔らかな革張りの椅子が軋む。少し気を落ち着かせたくて、手持ち無沙汰に何と無く外を見ると、季節の花が咲き乱れているフランス式庭園と不釣り合いな大きな丸い満月がやけに綺麗に見えた。
「征臣さん、月が綺麗ですね」
そう言ってくすくす笑った詩織の顔が、ふと浮かんだ。





俺と詩織が知り合ったのは、お見合いでもパーティでもなく、両親との休暇で訪れた鎌倉だった。
退屈な寺社巡りをリタイアし、両親と別れ、護衛もつけずに自由気ままに街中を散歩していたら、目の前に白いワンピースを着た女性が、紙袋一杯に物を入れて歩いていた。普段はそういうものは見て見ぬ振りをして通り過ぎていたのだが、何と無く気になって手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?手伝います」
「え、あ、でも…」
「俺が手伝いたいんです、手伝わせてください」
自分の意思とは反してするすると出てくる言葉に驚きながらも、心の何処かではあぁ、俺はこの女性と結婚するのかもしれない、と思っていた。
彼女の家は、江ノ島に行く途中にあった。可愛らしい、まるでドールハウスを思わせるような家で、庭先には季節の花が咲き乱れていた。花に囲まれている彼女は、ひどく神聖に思えた。気付けばいつの間にか彼女と仲良くなっており、休暇中は時折一緒に過ごしていたりもした。
後に分かったことだが、彼女は赤司家と仲のいい橋本家のご令嬢だった。俺が彼女を気に入ってることを知った彼女の父親が俺の父親と掛け合い、あれよあれよと話は進んで行った。
婚約が決まった後に、一応でという形で、詩織と何度か二人で食事をしたが、俺にはどこか腑に落ちないところがあった。それは果たして彼女が俺との結婚を喜んで受け入れてくれるのだろうか、という点だった。
結婚する前の最後の食事会に、それとなく聞いたら、詩織はくすくすと笑った。
「何を弱気になっているんですか?征臣さん。征臣さんだからこそ、私は婚約を承諾したのですよ?征臣さんは私の事、お嫌いですか?」
「いや、まさか…!でも」
「征臣さんらしくないです、もっと胸を張っていいんですからね」
えっ、と頭を上げた俺を見て、詩織はまたくすくすとわらった。
「征臣さん、好きですよ」
その一言で、俺は腹を括った。
そして俺は詩織と結婚して、新たな命を授かった。生まれつき身体の弱い詩織は、自分とお腹の中の赤ちゃんと二人分まで気が回らず、よく倒れていた。その度に俺はもういいよ、中絶をしてもいいから、と言ったのだが、詩織は首を縦には振らなかった。
「だって私と征臣さんの子よ?逢えるのを楽しみにしているの。それに、赤司家には跡継ぎが必要よ、赤司家の跡継ぎは、私と征臣さんの子がいいの」
詩織は強くて、頑固で、優しかった。
こうして生まれた息子は、俺の名前から一文字取って征十郎と名付けられ、体重2400g、身長48cmと、平均より少し小さかったが、特に異常もなく、すくすくと育ってくれた。
惜しみない愛情を注いで征十郎を育てる詩織は、まさに良妻賢母だった。それを見て、じゃあ自分は反対に少し厳しくした方がいいのだろう、と思った俺は、とにかく征十郎に厳しくした。
そして征十郎が五年生の時、詩織は倒れた。元々弱かった身体に加えて、征十郎を産んだ負担や子育ての疲れが、今になってどっと押し寄せて来た。急激な変化に耐えられなくなった詩織は日に日に痩せて行き、見るに耐えられなくなった。お見舞いに行くたびに、征十郎さんはどうしていますか?征臣さん、働き過ぎは体に毒ですよ?私が死んだら、征十郎さんは任せましたよ。と自分のことではなく、他人のことばっかり気にする詩織に少し苛立った。
そして珍しく東京に大雪が降った日に詩織は死んだ。
今まで子育てを詩織に任せていた俺に、どうやったら征十郎を慰められるのかはわからなかった。ただただ征十郎に厳しくする以外、選択肢は見つからなかった。忙しい時は全てを忘れられる、と思い、自分の仕事を増やし、そして征十郎の寂しさを忙しさで埋める為、ありとあらゆる習い事をさせた。
今思うと、自分は大馬鹿であった。
そんなもので、心の傷は癒されないのに。





そこまで考えて、自分は意識を戻した。
引き出しに入っていた小さな鍵を取り出して、少し弄んでみる。
「旦那様」
「どうした田中…」
先程からずっとそばに控えていた執事に話しかけられて、少しびっくりする。
「この親あってこの子ですね…」
「それはどういう意味で言っている」
「どうでしょうね。でも千夏様はとてもいい方でございました。お亡くなりになられた奥様とそっくりです」
「田中もそう思うのか」
「左様です」
くるくるとての中の鍵を回して、少し考えた。
「田中」
「はい、なんでございましょうか、旦那様」
「これを征十郎に渡してくれないかな、あと、二人で話したい、と伝言も」
鍵と伝言を受け取った田中は、にっこりと笑った。
「畏まりました」

書き直す必要あり

修正 2015.5.9