先輩の恋愛事情


黄瀬視点

笠松先輩は、女子が苦手だ。
俺の練習を見に来てる女子達が居るだけで動きはぎこちなくなるし、半径5m以内に女子が近寄るだけで顔が赤くなる。人間のパーソナルスペース(?)でさえ(確か)1.5mなのに…

でも、そんな笠松先輩に、果敢にも、話しかける事ができる女子がいる。
「キャプテン、ドリンクです」
「あぁ、ありがとな」
目の前で行われる我が海常高校バスケ部キャプテンとマネージャーの会話を見て、俺もマネージャーや近寄ってみる。
「千夏さん!俺にもドリンクくださいッス!」
そう声を掛けると、千夏さんはこちらを振り向く、が、
「なんか、怒ってるッスか…?」
「怒ってる?じゃなくて怒ってるの。黄瀬くん、質問を一つしようか」
にっこりと笑いながら話しかけて来る千夏さんを見て、ごくり、と唾を飲む。あぁ、俺、詰んだッス。
「な、なんスか?」
「ここはどこ?私は誰?」
海常に入ってからそろそろ三ヶ月経つが、この質疑応答はもう100回以上行われた。と思う。最初の頃は俺もアホで、「千夏さん記憶喪失になったんスか!?」なんて言って外周増やされてたっけ…。もう既にこの会話を聞き飽きたらしい(そりゃそうだ。何百回も聞いてるッスからね)笠松先輩は自主練に戻っている。
「ここは海常高校で、あなたは俺の先輩の坂本千夏ッス」
「そう、だから?」
「千夏先輩、ドリンクくださいッス」
「はい良くで来ました。どうぞ」
「やぁ千夏ちゃん俺にも」
「あー!何するんスか!森山先輩!」
せっかく俺に(ここ重要)差し出されたドリンクを森山先輩が横取りしていく。ふふ、と千夏先輩は笑いながらそれを見ていたが、
「あ、」
「どうかしたんスか?先輩」
たちまち顔が青ざめて行く千夏先輩の顔を見て、嫌な予感がする。
「あのドリンク…さつきちゃんの……」
「え、」
俺達の少し前で「ふははは!黄瀬のドリンクを横取りしたぞ!」なんて意味の分からない事を言いながらドリンクを一気飲みした森山先輩は、倒れた。
「森山せんぱぁぁぁぁいいい!」
「黄瀬うるせーよ!シバクぞ!って、んで森山が倒れてんだよ」
「あの、いやぁ、なんと言いますか〜」
申し訳なさそうに森山先輩を見ている俺と千夏先輩。頭にハテナマークを飛ばしているキャプテン。それより…
「あのドリンクが桃っちのって、本当スか?」
「いやぁ、本当に申し訳ない。キャプテン」
「俺はスルーッスか!」
「黄瀬は黙ってろ。んでその'桃っち'って誰だ?」
「ヒドイッス!」
千夏先輩から'手渡し'で、本日二本目のドリンクを受け取った笠松先輩。
「桃っちとはですねぇ、桐皇のマネージャーでして〜」
「そ、それは、女か…?」
「私のかわいい妹分です」
キリッといい顔で言う千夏先輩を見て、笠松先輩は少したじろぐ。
「そんで、その桃っちがどうしたんだ?」
「小堀先輩…すいません。ご迷惑を…」
森山を引き摺って来た小堀先輩は、話を中断した千夏先輩の指示に従って、ベンチに森山を寝かせた。
「そのですね、桃っちこと桃井さつきちゃんはですね、壊滅的なお料理センスを持ち合わせておりーのですね…」
「つま(り)!も(り)山の飲んだド(リ)ンクはその桃井と言う人がつくったやつなんだな!」
「早川くん、ご名答」
「んで、なんで坂本がそれを持ってたんだ?」
「イトコの昨日のラッキーアイテムがまずいドリンクでして…今朝、処分に困ってるところに偶然通りかかり…」
「押し付けられた、と」
「緑間っちも、なかなかッスね…」
そう、何を言おう、千夏先輩は緑間っちのイトコなのだ。でも、千夏先輩は緑間っちと違っておは朝信じてないし、ラッキーアイテム持ち歩かないし、なのだよ、なんて変な語尾も使わない。つまりは変人じゃない。そして…
「おまえも大変だったな…」
「ごめんなさい、私がちゃんと断っとけば…森山先輩、こうはならなかったはずなのに…」
うつむく千夏先輩と千夏先輩の頭を撫でている笠松先輩。
「おめーのせいじゃねーって、いい意味で森山にお灸を据えられて俺も嬉しい?嬉しいのか?」
「幸男先輩、優しいですね」
「笠松、そろそろよせ。独り身の俺らにはそれは辛い」
「なっ!小堀!そんなんじゃねーって!」
そう、千夏先輩と笠松先輩は付き合っているのだ!
なぜ女恐怖症の笠松先輩に彼女がいるのか、理不尽だ。
しかも笠松先輩から告ったって聞くし、事のあらましを聞こうとしても笠松先輩は言わないし、千夏先輩は笑ってごまかすだけだし、他の人たちは知らないか、言わない。の一点張りだし。二人に何があったんだろうか…
うんうんと唸りながら二人を見ていると、笠松先輩から厳しい叱咤の声が届く。
「おい黄瀬ェ!ボケっとすんな!お前基礎練終わってねーだろ!」
散々からかわれたのであろうか、笠松先輩の顔は真っ赤だ。対して千夏先輩は…笑ってる。
……そもそも、なんで先輩は千夏先輩だけ平気なんだろうか。
「黄瀬ぇ!シバくぞ!」
「いってぇ!もうシバいてるッスよ!」
「あ、小堀先輩知ってます?シバくって関西弁で痛めつけるって意味ですって」
「へー!そりゃ黄瀬にピッタリだな」
あはは、と笑う二人に助けを求める事は当分無理だ。
笠松先輩を見ると、あ、眉顰めてる。
「嫉妬ッスか?」
「うるせえ黄瀬!シバく!」
「だからもうシバいてるッス!」
今度小堀先輩にも聞いてみようかな、と心の中で自分に言い聞かせて、俺は基礎練に戻った。



これは笠松、なのか?と疑問が残る。