え、まってむり。ほんと無理。オワタ。詰んだわこれ。思わずそんな声が漏れ出た。期末テストを控えた一週間前。部活動は停止となり、多くの生徒は赤点回避のためにひたすら勉強を行う時間となっている。かく言う私もテスト範囲のテキストを開きながら問題集を解いていたのだが。

「待って何この無理ゲー」

何一つ理解できないのである。自他ともに認める根っからの文系である私に理系の分野は手に余るもので。赤点までとは行かないけどさすがに期末だし六割は取りたいなーなんて思いながら教科書と問題集を開いたのはいいのだが本当に、これは、何一つ理解できないのである。微分積分って何、一般生活にこの数式使わないよね?原子の質量?普通に量れないからいいじゃんそんなの知らなくて。さぁ理系はとりあえず置いといて、と英語の教科書を開いて、閉じた。

「日本人はなぜ外国の言語について学ばなければならないかについて討論したいと思う」

仮定法?何それ美味しいの。んん、これは危ないぞ。机に突っ伏しながらウンウンと唸る。こうなるって分かってりゃ友達と学校に残って勉強すれば良かった。学者気質で話が脱線しまくって結局は質問したのと全く違う回答を返される数学教師でも、一ミリはなにか教わることがあったのに。はぁ、と溜息を一つ零し、やーめっぴ!と叫ぶ。SNS警備隊を始めまーす、と心の中で宣誓して、とりあえず友達からのチャットを返そうとして、はたと気づく。あ、いやでも、スマホの画面を睨みながらうんうんと唸り、迷った挙句にとりあえずさっき駅で別れた天ヶ瀬にチャットを飛ばした。

"おーい、天ヶ瀬〜"
"なに"
"事務所にS.E.Mいる?"
"いる。今日一緒にダンスレッスンの予定"
"お時間ありますでしょうか。テスト勉強をば"
"天才か。ちょっと待って聞いてくる"

天ヶ瀬もちょっとピンチに思っているらしい。返事が来るまでにパーティーゲームの実況動画をひとつ見てゲームがやりたくなったのでゲーム機を取って戻ってきた頃には、天ヶ瀬から返事が届いていた。

"いいって。ついでにHigh×Jokerの奴らもいるけど"
"勉強教えてもらえるのなら何も文句はございません。今すぐ行く!"
"みんなで待ってる"

部屋着から服を着替えて、トートバッグに勉強道具と一応ゲーム機を詰め込む。部屋を出てリビングにいる母親にちょっと出かけてくるーと声を掛ければ、どこに行くの?と聞かれた。315プロに勉強会しに!と言えば、じゃあちょっとまっててね、と待たされた。玄関前の姿見で身だしなみのチェックを行ってると、大きな紙袋をもって母親がやってきた。こないだお姉ちゃんが個人的に貰ってきたものだけどねぇ、いっぱいありすぎて食べきれないのよぉ。なんて。中を覗けばいま亜美と真美がやっていたお菓子会社のお菓子がどっさりと、最近近所で話題になっているパティスリーの焼き菓子の詰め合わせが入っていた。それを受け取り、家を出る。しばらく歩けば、黄色い屋根のいつものお弁当屋さんが見えた。その隣にある上の階に続く階段がある扉を開けて階段を上る。鍵は相変わらずかかってないし、インターホンは相変わらず電源が入れられていない。一応ドアをノックして入れば、出迎えてくれたのは山村さんだった。こんにちは、と挨拶して持っていた紙袋を渡す。これ、みんなで食べてください、そうつけ加えれば、じゃあこの後みんなで食べましょう、と山村さんが紙袋を持っていった。皆さん会議室で待っていますよ、という伝言の通り、会議室に入れば、部屋の隅でS.E.Mの三人の先生が教科書を眺めながらあーでもないこーでもないと討論をしている。織音っちー!こっちこっちー!ここ!ここ!と机を指さした伊勢屋くんにされるがままに彼のいるグループに座る。目の前には天ヶ瀬のものが置いてあった。天ヶ瀬のものを指しながらどこ行ったの?と聞けば、トイレっす!と元気よく返される。別にその情報知りたくなかったなー、なんて思って教科書と問題集、ノートを広げる。最優先事項は数学だろう。テスト範囲の開始ページであるそこを開いて、私は振り向いた。

「硲先生〜ちょっと質問なんですけど、」
「ふむ、先生という呼び方をされるのは久しいが、そう呼ばれるとやる気が出るな」
「はぁ…、」
「まぁいいだろう、どこが分からないんだ、言ってみるといい」
「あっ、ここなんですけど…」






「……と、いうこと。わかったかー?」
「う、ん?」
「語尾が疑問系になってるぞ」

お前、期末ほんとうに大丈夫か?このままじゃまずいぞ、と言った山下先生がおせんべいをかじってお茶をひとくち飲んだ。まずいからこうやって聞きに来てるんじゃないですか!わっ、と泣いたふりをして机に突っぶせば、オジサンが悪かったよ!とあたふたし始める。じゃあ可愛い生徒の赤点回避のため、明日も来ていいですか。ちらりと上を見あげれば、がしがしと頭を掻いた山下先生はわぁーったよ!と快い返事をした。とりあえず今日はここまでにしよう、と一区切りをつけて荷物をしまう。会議室の真ん中の机にちらばった色とりどりのお菓子の中からクッキーとチョコパイを選び、封を開けた。紅茶とともにそれをお腹の中に収め、時計を見る。じゃあ時間も時間なので、私そろそろ帰りますね。そう声をかけて席を立てば、High×Jokerと何やら盛り上がっていた天ヶ瀬も立ち上がった。

「帰んのか」
「うん」
「送ってく」
「いいよ別に。まだそんなに暗くないし」

事務のスペースに出て、ブラインドの隙間から外を見る。事務所前の道路に黒いワンボックスカーが来た時からずっと止まっているのを確認して、やっぱりか、と天ヶ瀬を振り返った。

「どうしてもって言うんなら山村さんに送ってもらう」
「は?」
「外、多分週刊誌か何かに張られる。今うちと天ヶ瀬と出てけば何かしら騒ぎになる可能性が高い。他のみんなだってデビューを控えてるんだから、出来ればこういうことを避けたい。この場合、送ってもらうのならここの事務で何も無い山村さんと帰った方が最善かなって思うんだけど、天ヶ瀬はどう思う?」
「それでもお前を一人で帰すわけにはいかねぇよ。一人で記者に捕まったら撒けないだろ」

山村さん!天ヶ瀬の声に、はーいと山村さんがやってくる。結城の事、途中まで送ってもらえないっすか、頭を下げた天ヶ瀬に、いいですよ!お安い御用です!と山村さんが笑った。じゃあ行きましょうか。机から財布とスマホを取ってカーディガンのポケットに突っ込んだ山村さんが、事務所の扉を開けた。その後について事務所を出る。しばらく無言で歩いていたのだが、そういえば、と思って山村さんを見た。

「ところで山村さん」
「ん?なぁに?」
「来れば必ず顔を出してくる石川さんを今日は見てないんですけど、どうかされたんですか?」

お仕事とかですか?そう聞けば、ちょっとねぇ、と山村さんが苦笑した。

「本人曰くちょっと頑張りすぎちゃったみたいで」
「紛うことなき過労ですね。で?」
「ついでに盲腸もやってしまって」
「わぁ〜桜庭さんに怒られてそう」
「怒られたみたいだよ」
「さっすが〜」
「と、言うことで入院中です」
「まじか」
「まじ」
「退院は?」
「桜庭さんの言いつけで一週間伸びました」
「英断だ」
「でしょう?」

くすくすと笑った山村さんに釣られてしばらく笑った。家もそろそろ近くなってきたので、じゃあここで、と断って山村さんと別れた。一応石川さんの入院している病院の名前は聞いたが、関係者でもないのに見舞いに行く理由がない。退院するまで大人しく待っていよう。


Let's Study !

BROWSER-BACK PLEASE.