「織音ちゃん、放課後、何か用事はありますか?」

ホームルームが終わってさて帰ろう、と教室を出ようとした私は、卯月に捕まった。放課後の予定をざっと思い起こしてみるが何も無い。ううん、と首を横に振れば、じゃあじゃあ!と卯月がカバンからチケットを二枚取り出した。

「これ!見に行きませんか?」
「………765プロライブ劇場?」
「そうなんです!新しくスカウトされた765プロに所属した皆さんが、専用の劇場でライブを行うそうなんです!」

それで、ぜひ見に来てくださいって!昨日一緒にお仕事した春香ちゃんから渡されたんです!ぎゅっとチケットをにぎりしめた卯月はチケットを渡された時のことを思い出したのだろう、嬉しそうに頬を真っ赤にしてニコニコ笑っていた。今日は一般公開の初日なので、765のメンバーも皆さん出るそうですよ。と付け加えられてへぇーと思わず声が出れば、あれ?と卯月が頭をかしげた。

「なに?」
「そう言えば、織音ちゃんのお姉さんは765プロダクションでマネージャーさんやってましたよね?」
「うん」
「教えられていないんですか?」
「うん。身内なだけで、765プロの関係者じゃないし。教えてくれる義理はないよ。だから初めて知った」

バイトとか、部活とかで最近ちょっと忙しくてテレビも何もあんまり見れてなかったからね。そう言えば、お疲れ様です、と卯月がぺこりとお辞儀した。いえいえ卯月こそ。と返しながらシアターへと向かう。だいぶ早めに着いてしまったようで、時間にはまだ余裕があった。これからどうしようか、と卯月と顔を見合わせていると、しまむー!と元気な声がした。声のした方を卯月が見て、あっ!と明るい声を出す。

「未央ちゃーん!凛ちゃんも!」
「しまむーも早く来ちゃった感じ?」
「はい!未央ちゃん達もですか?」
「そうそう!遅れちゃいけないなぁ!って思ったら。しぶりんは?」
「やることが無くて。それより久しぶり、織音」
「うん、久しぶり。凛と、未央も」
「ひっさしぶりー」

いぇーい、とテンション高めの未央とハイタッチを交わしてチケットを確認する。劇場の開場は四時、開始時刻は五時。現在の時刻は三時になったばかり。開場すぐ入るにしても一時間は待たなくてはならない。そう言えばここに来る途中にコーヒーショップを見つけましたよ。卯月の一言に、そこで暇つぶしをすることが決定された。それぞれ飲みたい飲み物を買い、空いてる席に着く。一口飲み物で喉を潤せば、生き返るー!と未央が心底そう思っているような声でそう言った。

「あっ、そう言えば三人とも」
「なに?」
「最近調子はどうなの?ちょっと前までごたついてたって聞いたんだけど」
「あー、もう平気だよ」
「そう?」
「はいっ!平気です!」
「うん。もう大丈夫」
「そっか」

あっ、そう言えばニュージェネのCD買ったよ。シンデレラプロジェクトのほかのCDも。そう報告すれば三人は顔を見合わせた後に、こちらを向いてお買い上げありがとうございます!と笑って言ってくれた。立ち上げからは歴史の浅い346プロのアイドル部門、特にシンデレラプロジェクトからは卯月達のいるNew Generationsをはじめとし、CANDY ISLANDにLOVE LAIKA、凸レーションなどのユニットが続々とデビューしており、今後の活躍も期待されるだろうと雑誌で読んだのは記憶に新しい。まだメンバーが三人残っているらしいが、今後どうなるのだろうか。わいのわいのとシンデレラプロジェクトに参加してから今までのことを話している彼女達の話を聞きながら購入したキャラメルのフラペチーノを一口飲めば、少し塩気の効いたキャラメルソースが口の中で広がる。ソースを多めに注文して良かった、とほくほくしてると、ねぇ!と未央がこちらに身を乗り出した。

「織音はどうなのさ!」
「えっ、何が」
「恋だよ!こ・い!彼氏とかいるの?」

織音とこういう話、したかったんだ〜!椅子に座り直した未央は、ほら私達アイドルだから?恋愛禁止じゃないけどさぁ、ちょーっと自主的に自粛してるからさ!と言い訳がましく言いながらで?と話を促してきた。思わずため息が出た。

「いません。好きな人も彼氏もいません」
「えぇ〜〜〜うっそだぁ〜〜〜!しまむー!絶対なんかあるでしょ!」
「え、ええっ!?わ、私ですか?えーっと、えーっと………あ!」
「なになに!?何かあるの!?」
「織音ちゃんって、天ヶ瀬くんと仲良いですよね!!」
「ちょっ、卯月!……確かに友達ではあるけど、なんもないからね?」
「天ヶ瀬って、あのJupiterの?……へぇ〜?」
「凛まで!」

へぇ〜〜やるじゃ〜〜ん!ニヨニヨしながらこちらを見てくる未央に違うからね!強く言えばはいはいそうですね、と全く相手にされてないような言い方をされた。これは何を言っても信じてもらえないやつだ。はぁ、と項垂れるとドンマイ、と凛が笑った。お前楽しんでるな。と睨むと知りません、というようにそっぽを向かれた。ほら!もう入場時間始まってるから!!とスマホの時計を示せば、ちぇー、と舌打ちされた。続きはまた今度ねぇ、なんて言われるが、今度なんぞない。未央の追求をあれこれ交わしながら劇場の前に着く頃には、大勢の人が詰めかけており、混乱を極めていた。当日券も発売されることから、その限られた当日券を買うために来ているファンもいるし、チケットを譲って欲しい、とカードを持って立っている人もいる。そことは反対側にある劇場入口から中に入り、チケットを見せれば、案内されたのは関係者席だった。後ろには大量の報道陣、横には様々なプロダクションのプロデューサーやテレビ局のディレクター、大御所の俳優に新人女優、他プロダクションのアイドルやマネージャー。あれ、私これは本当に場違いなのでは、と冷や汗をかいていると、島村さん、本田さん、渋谷さん、とニュージェネの3人の名前を呼ぶひっくい声が聞こえてきた。あっ、プロデューサーさん!卯月が後ろを向いたのでつられて後ろを向くといかにも、という感じの寡黙そうな大男が立っていた。目つきはちょっと悪い。無事に着いて良かったです、その顔から連想したのとは10倍違う柔らかい声で三人に言った彼は、ところで、この方は、と私を見た。卯月がちょん、と手で示してくれる。

「お友達です」
「こんばんは。紹介されましたお友達の結城織音です。よろしくお願いします」
「こんばんは。346プロダクションアイドル部門、シンデレラプロジェクトのプロデューサー、武内と申します」

そう言ったっきり、武内さんはむすりと黙り込んでしまった。言葉少ない人間なのかな、と思ってぺこりとお辞儀して舞台の方を見ようとした時、結城さん、と遠慮がちに声をかけられる。なんでしょうか、戻しかけた体を捻って武内さんを見れば、おずおずと名刺を差し出された。

「アイドルに、興味はありませんか」
「ないです」






なぁんて事があってね、とさっきの話をすれば、ふふと春香は笑った。無事に成功した、765プロ劇場のこけら落とし。公演も終わったしさぁて帰ろう、と卯月達と会場を出ようとしたところ、今回は舞台には出ずに裏から見ていた律子さんに呼び止められて楽屋まで連れていかれた。馴染みの深い765プロのみんなや、アリーナライブをやった時にいたバックダンサーのみんな、新しくスカウトされて舞台に立つことになった新たなメンバーが勢揃いしていた楽屋は、それはそれは華に満ちていた。

「やってみたら?アイドル」
「えぇー……うーん……」
「なになにー?」「なんの話ー?」
「織音がスカウトされたって話」
「えぇーすごーい!」「やるじゃん姉ちゃん!」

それでそれで?やっぱり所属は765プロになるの?ねぇねぇどうなの、ひっついてくる亜美と真美を引き剥がしながらやりません!と言い切ればえぇー!とブーイングが上がる。真美だって、亜美だって、姉ちゃんと一緒に踊って歌いたいよぅ〜と駄々をこねる二人に絶対にしないからね!と断って、そう言えばと春香を見た。

「ねぇ、美希と赤羽根さん見てないけど、もしかして?」
「あっ、違うよ?」
「え?そうなの?」

美希ちゃん、赤羽根さんにぞっこんだったからてっきり駆け落ちかなにか、と言いかければ、それを聞いてしばらく静かにしていた春香が顔をさぁっと青くしながらもナイナイ!と首を勢いよく横に振った。

「美希は映画のオファーてハリウッドにいるよ。あとプロデューサーさんも、プロデューサーの勉強でハリウッドだって」
「それ駆け落ちじゃないの」
「違うよ!絶対!違うからね!」
「…………そ、そうだね、違うね」

そっかー、いないのかー。だからお姉ちゃん最近忙しそうにしているのかー、ぽつりと呟けば、ごめんね、と春香に謝られた。なんでよ、的はずれな謝罪に頭をかしげれば、織音、それでなかなかお姉ちゃんと過ごせてないんじゃないの?と春香が言う。あぁー、と思わず声が出た。

「そんな謝ることじゃないよ。お姉ちゃんとは週一であえて話せてるから。お姉ちゃんは少し私離れしてくれないと」
「でも」
「私は、嬉しいな」
「えっ?」
「あっ、別にお姉ちゃんと会えなくなってっていう意味じゃないよ?」

だってさ、よぉく考えてみてよ。ファンから貰った差し入れだろうか、渡されたゼリーの蓋をペリペリと剥してスプーンを刺した。梅味だった。

「お姉ちゃんが忙しいってことは、たくさん仕事をしなくちゃならないってことで、それって、春香達がたくさん仕事を受けているからでしょ。という事はつまり、たくさんの仕事のオファーがくるまで春香達が人気になったってことでしょ?」

だから私は寂しいというよりは嬉しいな、あっ、でも春香達、忙しくなったからそう頻繁には遊べなくなるのはちょっと寂しいな。ちょっと不貞腐れた顔をしながら春香を見れば、きょとんとした春香は、ありがとう、とやがてふわりと笑った。あっ、時間開けるから、遊ぼうね!と言ってきた時にはさすがにそんなに無理をしなくてもいいよ、と言った。

「あぁいた!織音!」
「あ、お姉ちゃん」
「待たせちゃってごめんねぇ。帰ろっか」
「うん」
「じゃあ、みんなもまた明日ね!お疲れ様!」

お疲れ様でーす!女の子達の合唱が楽屋に響いた。また見に来ます、そう告げて関係者出口から外に出た。今日は誰と来てたの?とお姉ちゃんが聞いてくるから卯月達と、と答えれば、あぁ、346さんの、と帰ってきた。いいよねぇ、羨ましそうに空を見てゆらゆら揺れるお姉ちゃんになんで、と聞けばそりゃ、と説明された。

「346プロは業界でも大手よ。うちら765見たいに小さな事務所じゃないのよ。聞けば事務所の中結構広くてさぁ、上京した子とかの寮とか、カフェテラスとか、中庭とか、スタジオとかあるらしくてねぇ。とにかく設備が豊富で充実してるの」
「へぇー」
「ほら、なんて言うの?あけすけな話、金も影響力も広告力も権力もあるからさぁ、どんな新人のアイドルもいいスタートが切れるんだよね」
「……あぁ、961みたいに」
「今はその名前、ちょっと聞きたくないなぁ」
「ごめん」
「いいのよ」

はぁ、と大きなため息をついたお姉ちゃんは、だから彼女達が346からデビュー出来たことは幸運だなって思って。でもその分、競争は激しくなるけどねぇ。と付け加えた。

「でもさ、」
「うん?」
「負けるつもりは、ないんだよね」
「そりゃ、もちろん。なんたってうちの、765のアイドルたちは世界一ですから!」

アリーナの次はドーム!そして目指せ武道館!春香たちが聞いたら喜びそうなことを言って、お姉ちゃんは拳を突き上げた。普段ならありえないテンションのその行為に、はて、と頭をかしげる。


「お姉ちゃん、もしかして酔ってる?」
「えぇ、なんで?シラフだよ?」
「ふぅーん」


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