「お母さんはやっぱり、天道先生だわぁ〜」
「へぇー」
「織音は?」
「うーん、柏木さんかな」
「癒されるものねぇ、柏木くん」
「そうなんだよ。あの、ほわっとした感じが。お姉ちゃんは?」
「桜庭さんかな………」
「出た。お姉ちゃんの安定のインテリメガネ好き!」
「というか天道先生も柏木さんもインテリでしょ」
「あ、そっか……」

DRAMATIC STARSの初の音楽番組デビューの知らせを聞いたのは一週間前で。学校で直接天ヶ瀬から聞いたのと、天道さんからメールが届いたのとで合わせて2回。あのお世話になった天道先生がテレビ!アイドル!と興奮した母親が珍しく録画予約までしてのぞんだ放送。公開収録の生放送らしく、デビューして間もないのに大勢のファンが押しかけているらしい。そりゃ頭よし顔よし運動神経よしの3人組が揃ってデビューすれば食いつかない人はいないよ。とは765プロでマネージャーの仕事をしている姉の言葉だ。昨日のリハーサルでちょっとばかし問題が起こったらしいという話は聞いたけど、そんな問題を感じさせない素晴らしいパフォーマンスに、三人揃って思わず拍手が出る。その時、膝になにかがとんっと乗った重みがして、下を見る。うちの飼い犬のシーズーのもなかがリードをくわえてこちらを見上げていた。

「ママ、もなかの散歩してなかったの?」
「あっ、天道先生が楽しみすぎてすっかり!」

代わりに織音が行ってきてくれない?お母さん、晩御飯作らなきゃ。ぱん、と手を合わせてこちらを見た母親にため息をひとつついてもなかの持っていたリードを首輪につけた。わん、と一声吠えたもなかが、玄関へと急ぐ。制服のままだけどいっか。ローファーに足を突っ込んで外に出た。いつもの散歩コースに向かって歩きだそうとしたもなかを呼び止める。もかちゃん、今日はスペシャルルートです。いつもの道と反対側を指させば、もなかは嬉しそうにわんっと鳴いた。道は大体覚えているから、そこに着くのはさほど時間がかからなかった。そう言えば事務所の下にお弁当屋さんがあったなと思い出して見れば、まだ電気はついていた。お弁当屋さんの近くに居るけど、なんか欲しいおかずはない?と送れば、肉じゃがほしいなぁ、と母親から返事が来た。店の前まで来て、中をのぞき込む。何人かのおばちゃんが和気あいあいと話していて、明日のお弁当屋の仕込みなのだろうか、醤油の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

「すいませーん。まだやってますかー?」
「やってますよー」
「肉じゃがください。多めに」
「はーい」

わんちゃんの散歩中?プラスチックケースに肉じゃがをよそいながら聞いてくるおばちゃんにはい、と返してもなかを抱き上げる。まぁかわいいわねぇ、お名前は?もなかです。もかちゃんとか、もなちゃん、って呼んでるんです。あら、名前まで可愛いのねぇ。プラスチックケースは輪ゴムで開かないように止められ、ビニール袋に入れられる。お金を渡してお釣りを貰おうとしたその時、隣の階段からざわざわと騒がしい声が聞こえた。あらぁ、鑑賞会は終わったのかしらねぇ。のほほんと言ったおばちゃんによると、315プロのみんなもDRAMATIC STARSのテレビデビューを見るために事務所に集まっていたらしい。事務所に行く階段のドアが開かれ、最初に出てきたのは、ピエールくんだった。やふー!と最後の階段を飛び降りたピエールくんは、歩道に出てきてはくるくると回った。ステージ、キラキラ!すごい!ハッピー!と一生懸命言葉を並べてこの醒めぬ興奮を伝えようとしている。わん!ともなかが吠え、繋いでいたリートが手の中からするりと走り抜けた。突然した犬の鳴き声にびっくりしたピエールくんは、恐る恐るとこちらを見て、私を見つけてぱぁと顔を輝かせた。

「織音!こんばんは!」
「こんばんは、ピエールくん」
「織音、買い物?」
「ううん、犬の散歩。さっき走ってった」

このままどこかへ逃げて行っていたら、私は肉じゃがとトートバッグを放り出して追いかけるかもしれないが、もなかは事務所の中に走っていったのを見たので追いかける必要は無い。織音、何買った?聞いてくるピエールに袋を開けて肉じゃがを見せれば、美味しそう!と感想が帰ってきた。そこで買ったんだよ、と言えば、ピエールくんはみのりさんと鷹城さんを連れて弁当屋さんに行った。

「あっ、ちょっ、なんだコイツは!」
「あははっ、冬馬くん、懐かれてるねぇ」
「ところでこれ、見たところ首輪もリードもついてるし、飼い犬だろうけど、だれの犬だろうね」

走っていったもなかを抱っこしながら出てきた天ヶ瀬は、飼い主を探すようにきょろりと右、左と歩道を見渡してこちらとパチリと目が合った。結城?そう呟いた天ヶ瀬の腕の中で、もなかがワンっ、と鳴いた。

「もかちゃん、天ヶ瀬に迷惑かけてないでしょうね?」
「……これ、お前の犬か」
「うん。おいで、もなか」

ぴょんと天ヶ瀬の腕の中から飛び降りたもなかかとととっ、とこちらに走ってくる。通り過ぎる前に捕獲してリードをしっかり握れば、もなかはすんと大人しくなった。お嬢ちゃん、肉じゃが忘れないでね。弁当屋さんのおばちゃんにはーいと返事をして肉じゃがを受け取る。散歩も済んだし、買い物もした。外で齋藤ビルディングを眺めるだけだったのが315プロのアイドル達とも会えたし、今日はツイてるなぁと思いながらさぁ帰ろうと声をかけてもなかのリードを引くが、ビクともしなかった。よほど気に入ったのだろう、いつの間にか天ヶ瀬の足元にいたもなかは、帰りたくないように必死の抵抗を行っていた。

「もかちゃ〜〜〜ん?帰るよ」

つん、とそっぽを向くもなかにため息が出る。伝家の宝刀、来ないなら置いて帰るからね、も不発。抱きあげようとすれば逃げ回るし、どうしたもんか、と悩む私に、おい、と追いかけっこの原因となった天ヶ瀬が口を開いた。

「だったら俺もお前ん家いく。そしたらコイツも家に帰るだろ」
「………うーん、大丈夫だよ」

変な迷惑かけなくないし。やっと捕まえられたもなかを抱きながら言うと、天ヶ瀬はわかりやすく眉を顰めた。まぁまぁ、と北斗さんが間に入る。

「織音ちゃん、冬馬に送ってもらいな」
「いや、でも」
「こんな夜道、女の子をひとりで歩かせられないよ。そうすればもなかちゃんもちゃんと帰ってくれるんなら、ね?」
「そーそー、大人しく冬馬くんに送ってもらいなよ」
「うーん……」
「そうだよ。織音ちゃん女の子なんだから、ね?」
「そうだ。不審者や誘拐等に出会ってからでは遅い。大人しく天ヶ瀬くんに送られたまえ」
「みのりさん……硲先生まで………」

四面楚歌だ。それじゃあ決まりだな、なんて言って天ヶ瀬が私の手からもなかのリードを奪った。人質ならぬ犬質も取られてしまった。オマケにこれは帰り道に冬馬さんと食べてね、とみのりさんにコロッケまで渡されてしまった。大人しく従うしかない。じゃあ、よろしく天ヶ瀬。そう声をかければ、おう、天ヶ瀬が頷いた。

「じゃあ行こうぜ」
「あ、天ヶ瀬。うちはこっち。そっちじゃないよ」
「………………行くぜ」

見送ってくれた皆さんに手を振り返して家へと歩く。都心からちょっと外れた閑静な住宅街は街灯がまばらで、道はあまり明るくない。そんな中を、天ヶ瀬とコロッケを食べながら歩く。さくり。揚げたてのコロッケをかじれば、ホクホクで熱々のじゃがいもが口の中で踊る。二人の足音とビニール袋の音。もなかのてとてととした足音だけが響いている。

「天ヶ瀬」
「なんだ」
「んー………どう?」
「どうって、何が」
「315プロ。楽しい?」
「あぁ。楽しい」

仲間とライバルが一気に増えた気分だぜ。あいつらが頑張っているのを見ると元気を貰うんだ。俺らも先輩として負けてられねぇ!って。ぐっとにぎりしめた拳を振りながら嬉々として話す天ヶ瀬の話に相槌を打つ。315プロに入って、良かったって俺は思うよ。そう話を締め括った天ヶ瀬は、なんでそんな話を振ってきたんだ、という顔をしてこちらを見た。別に、と笑って顔を上げれば、何個か前の電柱の下に、誰かが立っていた。

「織音!」
「お姉ちゃん」
「中々帰ってこないから心配したんだよ。誰と………って、あまとうくんか」
「あまとう言うな!」

なんで一緒に居るの?と聞かれて315プロに向かって散歩行ってたからと言うとそっか、と頭を撫でられる。天ヶ瀬の手からもなかのリードをひったくったお姉ちゃんは、少し怒ったようにいーい!?と勢いよく天ヶ瀬に向かって指をさした。

「こんなに暗い夜道の中、私の可愛い妹をここまで送ってくれたことに関しては感謝するけど、変装なしで一緒に歩いていいとは言ってないわ!」
「……わりぃ」
「うちの妹は正真正銘一般人なの!もしもこの散歩が撮られてしまってたらどうするつもり!?うちの!かわいい!妹が!!被害を!!被るの!!」
「…………うす」
「まぁ、ここまで送ってくれたことにだけに関しては感謝するわ。そこだけよ、そこだけ」

タクシー呼んどくから、それで帰りなさい。スマホを取り出したお姉ちゃんは、タクシー会社に電話をかけ始めた。悪ぃな、天ヶ瀬が肩を竦めた。

「ううん、お姉ちゃんは、なんて言うか、歳が離れてる分、過保護になってるから……気にしなくていいよ」
「いや。こんな下町だから大丈夫だろうって思ってた俺が悪い。すまん」
「いいって。ほら、タクシー来たよ」

明るめにつけられた車のヘッドライトが道の奥までよく照らしていた。ちゃんと請求書まで貰ってタクシー代は事務所に請求するのよ。そう天ヶ瀬に口酸っぱく言い聞かせたお姉ちゃんは運転手さんにお願いしますね、と言って一歩下がった。パタン、とタクシーのドアが閉まる。ガラスの向こうで天ヶ瀬がじゃあな、と手を挙げたので、こっちもまた学校でね、という意味を込めて手を振っといておいた。


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